18年間の友達キーツ

さっき掃除してて昔の作品の額とか再利用するか、と思って綺麗にしてたら一個キーツの写真が入ったのが見つかった。上の写真がそれ。その写真をはがすとその下から、ガネーシャが出てきた。。。

このころはとよも今までの中でも最悪な時期で、仕事がなくなってから長い間就職できず、やばい恋を友達の力ですり抜け、もう安さだけで住むとこ決めて引っ越したところがまたまた最悪。

そこの家主さんはギリシャ系のおばあさんで、とよもはその家の庭の倉庫みたいなちっちゃい建物に住んでた。おばあさんの娘が離れに住んでてそこの小学生の子供が朝から学校も行かずビール飲んでて(まじびっくり)その飲みさしをとよもの部屋に投げ込んでくるような毎日。

シャワーは母屋の洗濯スペースみたいなとこにもう一人母屋に住んでる謎のインド人のおじさんと共有。洗濯ほ近所に住んでた友達ところでさせてもらってた。建物の屋根はトタン板で引っ越したのは夏、じわじわ上がる温度にキーツは耐え切れずに縁の下に避難。とよもも耐え切れず涙がボロボロ見たいな時期だった。。。

ああ〜こんな時もあった、その時はもうあらゆることを他の人や事柄のせいにして、自分を保護してた。そして友達に愚痴愚痴『そういうこと続けてると友達みんないなくなるけど、それでいいの?』と教えてもらい

えっ!

て感じで目が覚めた。

しかしながら今でも、何でも他のせいにする癖は残ってて、結構ダーークな日々(母屋に家賃を払いに行くことも難しいみたいな)を過ごすこともある。そんなこんな今、ぼんやりインドに住んでるakikoさんという人のyoutube見てた。何だかそれはとよもは耐えることが好きで、そのために自分で自分をダークにしてるよっていう話。

それを腑に落とせと

しかし、そういうあなたもう自分の嫌だという気持ちに気づいてるから、そこに入り込んでる自分を捨てる(嫌なことは考えないようにする)。それで安心、リラックス、ほっとするようなことする。

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幻想、妄想に入り込まず、そのことを受け入れて、そんなことしてる自分を認める。いいも悪いも考えない。

そういう時、ダークからの出口は写真。

今朝も朝の光でキラキラ輝くクリスタルの写真を撮ろうと夢中になる。気持ちが整う。波動が整う。らしい。

今は、まだシェアメイトのことでもいやだぁーと心が揺らいでる、昨日シェアメイトがスキーに行くらしく日曜の午後まで帰らないよと教えてくれて。うわぁあ〜誰もいない!その上母屋の家族もみんな出かけている。こういう時なんでかすごい解放感。

キーツ今でも色々助けてくれてありがとう。

キーツの写真の後ろにあったガネーシャはインドの象の顔して4本の手がある富の神様。出た出た。

ほんまにそれでええんか?

とよものペットシッターレポートは毎日のご飯の食べた量とウンチの回数や下痢、嘔吐などを表にしてつけてる。犬の場合は散歩の回数とかも。それはかえってきた飼い主さんが安心できるように書いてた。

前回のはじめてシッターしたところに2回目に行った時に、あのレポートはもう描かなくていいからね!ウンチの回数とか!!あなたはここでリラックスしてくれるのが一番大切と、オージのパワフルばあちゃんに3回くらい念押しされた。。。

これもオーストラリア的な考え方、仕事より自分の人生エンジョイせなっていうことと、日本人的な何事もきっちり頑張るのが人生の成功の秘訣、石の上にも3年みたいな考え方の違い。

レポートはまだまだ日本人的考え方をもってるとよもが、こんだけキッチリ仕事してまっせー的なことをお客様に見せるためとそんな自分の仕事が素晴らしいとおもう自己満足的要素もあるある。

ということで、今回からレポートは無しにした。あらかじめ聞いて必要という人には書くけどね。

ストレスとなにかへのアレルギーが原因でひどい皮膚病猫のシッターの時もそういえば、あなたが猫のことでストレスになったら猫がまたそれを吸収してしまうからリラックスして。って言われそれはかなりとよもにとってはえっ!こんなにわたし頑張ってるのにそんなむちゃな!!?とおもった。

でも、ほんまに自分が心配してもどうにもならない、ほんとストレスパワーを他に振りまくだけ。治療は獣医に任せるしかない。余計なことに自分のパワーつかわない。

なのでもう、すべてはなるようになる。起こってくることはすべて自分になにかを教えるための修行みたいなことと考えるとええんかもね。

ということで、とよもは今までのいいシッターを生きる(それは評価されるように考えて行動したり)のでなく、ほんとの自分を生きる。自分がしてることがほんまにそれでええんか?シッターはとよもの一つの仕事なので、ほんまの自分に集中シーズンみたい。

こころの小石

毎日は滞りなく流れてるけど、心に小石があるような、その小石があるだけで何についても悪い方向に心が動く。なんなんやろ、この小石はどっから来てなんのためにとよものこころにちょっこり佇んでるんやろ。

約一ヶ月の海辺のシッター先、そこでは、優しい大型犬プリンスと20歳の黒猫ジャグと一緒に暮らす。ジャグは家の中にはいって来るのはごはんのときだけで寒い日も庭の椅子に寝てる。そして今回途中から1歳の子犬フォモもここに来ることになり、このエネルギーの塊みたいなこのフォモは、ノーザンテリトリーから飛行機に乗ってシドニーまで来たらしい。

かっこいいジャグ20歳

ノーザンテリトリーにいるときフォモは、身体中にダニ?が寄生しててハゲハゲで弱っていたらしい。このままいたら弱い子犬はすぐに他の野犬に襲われるのでをみすてられず、ここの家のオーナーの娘が助けて獣医につれていき自宅シドニーまで連れ帰った。でも娘の仕事はノーザンテリトリーでアボリジニのために医療活動をすることなので、頻繁に家は留守になり、フォモは近所に住む両親の家に預けられるということになる。

今回はじめて犬2、猫1のシッターでフォモがきた次の日にことはおこった。

それは日曜日の午後、ちょい近所まで1時間くらい買い物に行って帰ってきたとき裏庭で猫の唸り声、慌てて裏庭へのドアを開けるとそこにはジャグが横たわってた。ジャグを抱えて猫ベッドに寝かせたけど、そのまま2時間くらいジャグは動かないでうううーっていう唸ってた。体をいろいろ調べてみたら後ろ足の爪が一本取れかかってそこから出血していた。

とりあえず近所に住んでる日本人の義理の娘さんに連絡してオーナーさんに連絡してもらった。オーナさんは一日バスルームで保護してそのつぎには庭に出してという指示だった。

その日は自分のベッドルームにジャグのベッドを持ってきて寝かせた。夜中にジャグがとよものベッドの上に飛び乗り布団の中に入ってこようとする、でもジャグは長年ブラッシもしてもらってなく毛はトレッドみたいになって固まっててなんだか臭うし、さすがに布団のなかにはいれてやれなかった。けど布団の上で夜中に何回もねがえりをうっては気持ちよさそうに体を伸ばして寝てた。

翌日になってもジャグは寝たままでしかごはんをたべないし、、歩けるけどまだまだゆらゆらしてるし外に出すのは危険と思いそれから4日間はバスルームで毛づくろいをしてやったりしてすごした。毛の塊を櫛でほぐすとそこはフケだらけ。。。4日めにはジャグはご飯のときに立ち上がって食べるようになってて、とれた爪のところも自然に治ってきてた。

その日3時頃にジャグを庭のいつも寝てた椅子の上につれていった。銅像のように微動だにしないジャグ。

犬たちと庭で遊んで、ふとジャグのをみると塀の上にいた。それから塀伝いに玄関の方に行き道路の溝から下水管に入ろうとしてたのでジャグ!と呼んで近づいたら、ジャグは逃げるようにささっと溝から下水管に入っていった。

それから2日今日もジャグは帰ってこない。

ただひとつ、玄関においてたご飯がへってたので、夜中に食べに来ているのかも。でも他の猫も徘徊してるので誰かがジャグのご飯を食べたのかもしれない。

 

外が好きだというジャグはきっと、プリンスが来ていつも家のなかにいるので外で暮らすように決めたんだと思う。でも一晩だけベットルームに入れたときなでると顔を摺り寄せてきてあまえてたから、本当はみんなのそばで甘えたかったのかも。

ほんとうはあたたかいところで寝たいけど、そこにはもう犬がいるから、自分はどんなに寒くても外のちいさな椅子のクッションで寝るジャグがなんだかすごい悲しく思えるのはとよもの勝手な想像なんかなぁ。

こころのなかにある小石は愛されていないとおもう悲しいこころ。そうおもってすねてしまうこころ。そんな自分を俯瞰でみれるように成長させるための飛び石。

地球に産まれてなんかのめぐりあいで出会い今回のような経験をすることも、おおきな愛の意味をかんがえることなのかも。

 

下の写真2枚はちいさなフォトグラファーことりの作品、とよもが撮るジャグとプリンスとはぜんぜん違う表情で、愛に溢れてる。。。

photo by kotori ujita
photo by kotori ujita

ぶろぐ書き終わって犬たちを庭に出し、玄関の花に水をあげようとドアを開けたらそこにはジャグが!!かえってきたーーーーー

うれしい!!

犬の視線から学ぶ自分との向き合い方

誰かとちゃんと向かい合うことはいままでできていなかった。今日植本一子さんマヒトゥ・ザ・ピーポーの対談をよんでて、

誰かと向き合うことが自分にできるわけがないって境地に至ったんですよ

という文章読んだ時、人と向かい合うのは自分と向かい合うことや、ってわかった。それができたら、もう誰とでも向かい合える気がする。

いつも人がどう思うか考えながら自分の言語行動を決めて、嫌われないように気をつけながら暮らしてきた。笑えるけど、今回犬シッター2匹でご飯を食べる時2匹からの視線がすごい強力で、おもわず食べてるものをあげてしまうともうきりがないループにハマることを学び。

強力な知らん顔の練習中。

知らん顔の練習、これが人に左右されない自分というものを持つ第一歩。とよも的には大発見。欲しがる犬にごはんをわけるのが優しい人ではないねん。

広い海に波がざばざばよせてはひく。それで空気もいっしょにぐぅわーってうごいてるから人の気持ちのうじうじを一瞬でクリーンにしてくれる。海はすごいな。

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ほんまの自分に戻る?

多分、あれっ、この世の仕組みって誰かさんにびっしり操作されてたんやっーてそんなことなんとなくわかるようになったのは、スライブという動画をyoutubeでみてから。この映画は長くてややこしい話(人によってどこがかは違うとおもうけど)もあるからいやとおもうところは飛ばしてみたほうがいいと思う。

それで、つい最近

フェイスブックで友達が載せてた、神との対話という映画をyoutubeでみたらそのつぎに著者インタビューがあった。それは映画よりなんだかひきこまれた。

スライブが地球上の人類のごく一部の権力者がつくった権力者のための仕組みの解説

ニール・ドナルド・ウオルッシュとの対話が宗教という名前でわたしたちの心に作られた仕組みの解説

なんだか、いまからはそういういままでぎっしり信じてたことをぜんぶなくして、本当は自分はどうしたいのか?自分は何が幸せなのか?みたいな基本的なことをいままで刷り込まれた考えでなく、一から自分自身で判断していくべきときにきているのかも。

とよもがオーストラリアに来て最近わかった事実。こっちのこどもたちは、誰かに遊ぼうと言われても、いまはあなたと遊びたくないとか言うし、そう言われた子もあっそうなんやって感じらしい。日本ではあそびたくなくても、うんあそぼうとかいうてしまうし。ことわられたら、きらわれてるや!わたしとか考えてしまう。

つまりオーストラリアでは誰が自分のことどう思っているかとかいう考えが少ないみたい。

これがあるためにいつも不安で、良い子を演じてみたり、傷付いたとかおもってしまうから、捨てたほうがええよね。

ニール・ドナルド・ウオルッシュの対話した神によると、神はわたしたちにもれなくついてくる、というかわたしたち一人一人が神ともいえるみたいな。

ニールがいうてた友達とは、お互いに許容し合える同士。ながくつきあえば相手の嫌なところも出てくる、けど自分もそうやからみんな含めて許しあえるのが友達らしい!。実際そいいう許容する気持ちができてくると嫌だと思うとこもだんだん気にならなくなってくる(あたりまえか)。。。自分も他人も。

さて、先週から海辺でいぬねこまみれ。

寒い冬に海に飛び込んでいくプリンスくん。
20歳越えのジャグじい。いまでも塀に飛び乗って散歩に行くで。

ジャグのフケで固まった毛(茶色いとこひっぱるとごっそり毛がぬける)をほぐしていくのがとよものたのしみ。

いま見つけた本、僕たちが選ばなかったことを選びなおすために

 

 

 

思い込ん太郎2

お久しぶりでございます。

なんともう3ヶ月もブログ書いてなかった。。。2008年から始めてこんなに書かなかったのは初めてだ。

理由1、インスタグラムを始めて結構写真撮ってすぐアップみたいなことに自己満足してること。

理由2去年から始まった19歳オージーガールとの共同生活で一人で色々考えそのためにセミナー行ったりしたりして疲れてたこと。

理由3スピリチュアルといわれる情報の世界で、2020年?ごろ?に今までの二極化されていた世界が統合するので、急いで目を覚まして!その機会を逃すとずっと今までの2極化の世界で眠り続けることになるわよ。みたいな情報からくる焦り?で結構な時間色々な情報を検索そインターネットの罠にすっぽりはまっている今。みたいな感じかなぁ。

理由2の説明。今年は例年よりシッターが少なくここ2ヶ月は家にいたのでその間に19歳オージーガール恋愛終了に伴う若い子にありがちな一人ドラマ、泣いたり、はしゃいだりがすぐ隣でばんばん聞き取れ、その波動を受けながらどうしたもんかと思い、オージーガールが友達呼んで(それも男友達)結構騒ぎながら長いこと泣いてた後に、とよもはそのことが気になって、ちょうど購入したアメジストの原石をその効能とともにあげたのだけど。その次に日にはまた違う!男友だちが来てリビングで楽しそうに騒いでいるのを見て、あんまり普通に心配することもないのかなぁとか思ったりして、19歳オーストラリア女子の心はとよもにはなかなか理解しがたいけど、今までずっとながーいこと一人で暮らしてきたとよもには、自分とは全く違う考えや行動をする人との暮らしはまぁ刺激的で休みがちな脳にもいいのかもとか自分に言い聞かせながら暮らしてる。。。

 

最近、子供のソーイングクラスの先生のアシスタントのバイトもポツポツ入って、子供達にも慣れてきて、そうすると子供たちも、とよもにこれはどうするの?とか聞きに来てくれる回数も多くなる。

先生にとよもさん、そうじゃあなくこうするのよ。と言われた時また言い訳してる自分のことも、その1分後に分かったりもしてきたぞ(それまで1分くらいはムカついてるけど。。)。教えられたことそのまましてもうまくいかない場合があるけどそんなときに怒られたら、そういうたやん!って心の中で叫んでる。

しかーし、そうかうまくいかんかったら、その方法教えてくれた人責めるんでなく、その前に自分で考えたら解決策を見つかるやん。。。この歳になってこんなことにははーん。

グラフイックデザイナー丁稚時代、毎日すごい残業してたその時にそのことがわかってたらもっと仕事も自分で進められて、成長も早く、今や違う人生を歩んでたかもな。あの時期は何でも人が悪いと思って自分を守って、それやのに生意気なこと先輩に言うたりしてため息つかれてたなぁ。。。

そこで3ヶ月前に書いてたそれにぴったりの文章があった。

『自分の不幸の原因は他人』と考える不幸。これは今回のシッター先でみつけた、曽野綾子の本の中にあった言葉で自分が評価されていない不幸な人間だとおもうひとは、他罰的であると。なんでも他人が悪いと思う、他人が自分の不幸の原因であるとおもう、そしてそんなひとには感謝の気持ちが全くない。

でも、あの時にアホであんな経験したから今理解できる自分がいてると思えばすべてのことはなるようになってきてると言える。人の目ばっかり気にしてたからほんまの自分のええとこも埋もれたまま。その埋もれたままのほんまの自分が今やっとこさ芽を出してきたのかーも。

そのコツは、なんでもすべては自分。

喧嘩して相手を責めてもその時自分を突き詰めたら自分の悪いとこありあり。

自分勝手な人が嫌いでも、自分も他人から見たら違う考えの違う人間なのでその人から見ると自分も勝手なとこありあり。でもみんな違ってて当たり前ということがわかっていないとありありはわからない。

思い込ん太郎(思い込みの激しい人)。今ふと浮かんできたこの言葉

どっかにこんな言葉あったんかなって検索してみたら。とよもの部屋

やった。。。これは自分で作った言葉やったんか。。。

 

思い込ん太郎な時、とよもの解釈の改善

自分の思考回路の改善

1、人のせいにするクセを止めてみる(突き詰めると自分が悪いとわかる)。

2、人の目(評価)を気にすることを止めてみる(それはただの妄想、誰もそんな他人のことなんか気にしてない)。

3、不安が覆い尽くしてきたら、心配知るのをやめて信頼する(そういう時はいつも体に力が入ってるから、まず体緩める)。

4、怒りが湧いてきて爆発したら、それはもう過去になったことなので気にしない(心に溜めないで、なるべく思ったことを普通の感情で言える自分になる)。

5、人のことを嫌な奴と思ったら、それはそんな部分を自分も持ってると考える。(これはかなり難しいけど、反応すると言うとは何か同じものが自分の中にあるからだと思う)

もっとあると思うけど、これらははもう感情にしみるいてるから一回や2回の改善で無くならない、けどだんだん事をなしてからあっ!とわかるまでの時間が短くなってくる。そうなったらしめたもの。

 

おしゃれなおうちの繊細なドラさん。

海岸で野生にもどる10分弱

きのう勇気を出してプリンスを海で離してみた。他の犬にかまれたりするかも、海の中に入って泳いでてながされてしまえへんか?走ってどっかに行ってしまえへんか?。そんな恐怖はあったけど、他の犬が猛スピードで走ってるのを見てるプリンスはたまらんくなってリードを強く引っ張る。

リードを離したら一目散に他の犬と追いかけあいじゃれあい、海の方につっこんでいく、その時大声で呼んだら一目散にかえってきたやん!

猛スピードで走ってきてとよもの横を擦り抜け止まるからぶつかるんか!とおもってこわかった。でも走ってるあいだにも、プリンスはこっちを見てとよもがおるか確認してたから大丈夫そう。

まだ3歳やし思いっきり走りもしたいよな。他の犬ともあそびたいよな。

そんなプリンスはふだんの散歩に時とは別人みたいにエネルギー超満タン喜びまっくす、野生の血がさわぐ〜みたいなかんじでとよもの気持ちもなんか雲がなくなってしゅわーっと晴れ気分に。これはええけどやっぱりこわいから10分でリードつけたよ。すまんなプリンス。

とよものぱわーいりませんかぁ〜

初めてのお客様、海沿いの街。ラブラドールみたいな、きな粉色の3歳雄と黒猫19歳雄。

黒猫ジャグはずっと庭の椅子の上ですごして、ご飯を食べに家の中に入ってくるだけ、プリンスというなまえまけの犬は平気でソファーとかに寝るからそこらじゅう、短い白い毛だらけになる。プリンスは誰にでも懐くけどやっぱり最初4、5日は緊張もしてたみたいで、ウンチが出てなかった。

毎朝散歩は一日2回海辺を一時間くらい歩くけど、普通犬同士すれ違うとお互い匂いを嗅ぎ会うけど、この地域ではみんな犬同士を接触させないようにリードをしっかりもって『離れたまま挨拶しなさい』と言ってるひともいた。なんでなんやろ。。噛み付く犬とかがけっこういてるんかな?なのでなんか犬連れてる人同士の会話も少ない。

海辺の街では小学生でも早朝に起きて学校行くまえにサーフィンとかしてるのににびっくり。たいていサーファーらしき親と来てる。ゆうがた5時過ぎになると仕事終わった人とかで海はアリがたくさんいてるみたいなサーファーだらけになってる。しかしまぁ日本の大半の人が仕事に飲み込まれてる生活なのに比べてオーストラリアは自分のやりたいこと中心生活力がはんぱない。

シェアー生活で疲れてたとよもはここで犬猫とりらっくすー。

でもシェアー生活で一つ実行したことは、気つかわんとシェアメイトと彼がリビングにいてても料理したりその場所にしゅるると入っていける勇気をだしてみた!。

そしたらシェアメイトの彼が『これがあたらしいWiFiのぱすわーどだよ』と普通に話しかけてきて、それからあなたはどんな仕事してるのとかから始まっていろいろはなしができたやーん。その人は学生時代学校で一番賢かったらしく、使う英語もなんだか言い回しや単語がちがってわかりにくいけど(知的な人々の使う英語?)なんとか話がつながって、ほっとした。

ということで、勇気出して恥ずかしいとかいう気持ちを捨てたら、その瞬間にすばらしい経験がシャーってはいってくるもんなんやっていうことがわかってなんかすごいびっくりしたなぁもう。。。

なんで勇気出せたかというと、シェアー生活の鬱憤をクリスタルヒーリングする友達に話して、我慢のために溜まった感情が怒りになってコントロールできないとこでどひゃーってでてくることが怖いと相談したから。

ともだちはとよもの右腕に12個くらいのクリスタルをのせていった。そしたらなんか体がグゥワンーって回って揺れて倒れそうな感じになり(実際体はまわってなかったとおもう)びびっくりして、そのあとレイキのようなものをしてもらった時もそれ以上にふーっと吹き飛ばされるような感じもして、これまたびっくり。

そのともだちはそのあと、ちゃんと落ち着いて自分の気持ち説明したらええやん。それで嫌われたらそれはそれでええやんってアドバイスくれた。なので勇気出してみた。

その後、以前にならってたアクセスバーズを友達にしてあげたらそのともだちが、とよもがアクセスバーズしてる時なにかすごい光のようなものが見えたとかいって、そんなこといわれたのは初めてで。またそのあとにも他のともだちにしてあげたら、そのともだちはいままでこころにたまってたいろんなことを開封したみたいで、どんどん言葉に出してlet it goしてた。

ということで、とよもはあのクリスタルヒーリングのあとからマジカルなことがいろいろおこってる。なんかわくわくするで。(ほんまかいな)

なんか風呂屋の壁画みたいな風景や。

怒りの原因はみんな自分にあった

ろくろで前のタームから(一年が4タームになってて、間に休みがある)蓋物に挑戦してるけどなかなかうまくできない。。。先週も蓋削ってて、蓋は上が丸いから内側削るときろくろに固定しにくく、前のタームに創ったので結構硬くなってたから、削ってるうちにろくろからポーンと飛んで回ってる円盤にあたって変形してしまった瞬間、もう嫌や!ってその蓋握って投げそうになった。ははは。。。

それですぐにわかった

粘土が悪いんと違う、なかなかうまくなれない自分に怒ってるんやって。。

小さい、かなり小さい器やなとよも。

なので、前回のドアバン!も前々からああー毎日うるさいよなと思いながらも、会ったらニコニコしていい人ぶってて、早い目に気持ちを伝えられなかった自分にも怒ってたんかもな。。。

ろくろで作品飛ばしめげてるということ30年も陶芸してる先輩に話したら。ろくろはクラフトでなく哲学、できる!と思い上がると、必ず仕返しされます… でも、面白いんですよね

なるほどなぁ粘土に翻弄され怒るとよも。。。クゥーーーー

 

きわきわ

またまた新年をすっ飛ばしてもう2月。一人暮らしから19歳の女の子とのシェアー、あたらしいバイトのかげんもあって心の中がざわざわして忙しいのかーも。

シェアしてる19歳の女の子は学校とバイトが終われば、ほとんど毎日ボーイフレンドと一緒に帰ってきて部屋でふたり笑つづけるか、リビングでばんばんうるさい映画を観るかの毎日。ごはんはマックかピザかお菓子。

とよもはそんなとき部屋にこもってトイレいくにもきわきわまでがまんしてしまう、出て行ってうるさいなぁと思いながら笑顔をつくり、ふたりに挨拶したりするのはおっくうやし。

ここ2日くらいシェアメイトが続けて夜まで彼と音量大きく映画をみてて部屋でとよもは昔のDVDとかみててもリビングからの音が大きく聞こえないときがある。はぁーむかつく。けど、もうすこし音ちいさくしてくれる?とか言えない。。。

でも明日は早起きしてシッターに行かなければいけないから、もうシャワーして寝なけれな10時過ぎてるし、とドアを開けたらリビングにはシェアメイトと彼とその友達?の見知らぬ男のひとがいた。その瞬間

グゥワーってコントロール不可能な怒りがこみあげ、とよもはバスルームのトアをばんっ!と思いっきり締めてた。。。

シャワーから出てくるとリビングにはシェアメイトだけいて、テーブルを拭いたりしながらとよものこと上目遣いにみて『なにかあれば、なんでもいってね』といわれたので、毎日友達が来ておおっきな音量でテレビ見られるとわたしはリラックスしてすごせない、トゥマッチだよ。もちろん私があなたと一緒くらいの年なら一緒にたのしめるのかもやけど、そんなことないしね。まぁわたしはコミニュケーションスキルが低いからこんなことになったのでそれはじぶんのわるいとこでもあるとおもうけど。とか言ってたら泣きそうに。。

19歳はあなたの気持ちはわかる、これからなんでもいってね。

なんか妙齢のとよもと若いシェアメイト、立場が反対なような気もするけどいちおう自分の意見は言った。はぁー

とよもが部屋に入るまで、シェアーメイトがずーっと視線を離さなかったのはどういうことなんやろか?。おびえてた?それとも怒り?

そのあとなんとなくもんもんとしながら、でも猫シッターで猫とふたりで暮らして、ふといつも読んでるブログを久しぶりにみてみた。そこにあったその方のおじいさんの言ったことがになんかすいつけられた。

以下、天パ日記から抜粋

祖父は言う。やることがない。やりたいこともない。仮にやりたいことがあっても、今さら何かをやろうという気力も体力もない。もちろん経済的に困っている訳ではない。施設に居れば黙っていても料理が出てくるし、身体は日に日に弱っていくが、今すぐ寝込んでしまうほど辛い訳でもない。何不自由ない生活。見る人が見れば、幸せそのものかもしれない。でも。本人はそうではない。地獄の中にいるようだ、と、祖父は言う。生に執着はない。これ以上生きていたいという気持ちもない。ときに死にたいとさえ思うこともある。しかし今すぐ死ぬことはできない。考えてみれば動物のほうが幸せかもしれない。動物は考えなくていい。動物のように考えずに死ねたら一番いい。でも、自分は人間だからきっと死ぬ瞬間までいろいろなことを考えてしまうだろう。と、そんなようなことを、昨夜、酒に酔った祖父は繰り返し私に話した。

抜粋おわり

年老いて施設でくらしてすべて他人がしてくれる中生ていたらおじいさんみたいに考えてしまうとおもう。あーもう生きててもしょうがないと思えども、死ぬ勇気もないしそこまでせっぱつまることもない。死ぬのは今の自分から逃げることになるし、動物が考えなく死ねるなら人間も考えなくなにもジャッジしなく今の自分をそのまま受け入れたら動物みたいになれると思う。死にぎわでなくても。

おじいさんはどうしようもない自分の気持ちを孫に伝えた、それができる血のつながり。

とよももほんとうのきもちをシェアメイトに伝えた、他人やけどこれから心つながれるのかな。