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コミニュケーション第一歩。

昨日キッチンで料理してたら若い男の子が入って来て『How do you do-』って誰?

その次にシェアメイトが入って来てHi!って。はじめてみたシェアメイトのボーイフレンド

わぁ、おとこまえさんや。

帰るときおとこのこが『By the way my meme is 000』と挨拶してくれた!。でも名前聞き取れず、はいはい、わたしはとよもですと会話。

そのあとシェアメイトが(なーちゃんとよぼか)彼はジェントルなのよーと話しかけて来た。とよもはおかんみたいに、どこに住んはんの?もう働いてはんの?と質問攻め。そのあとなーちゃんはゴミ袋お母さんが買って来てくれたから使ってねと。なーちゃんのおかあさんは時々食料を車で持ってきて掃除とかして帰る。

ドキドキコミニュケーション第一歩。

今日初めて家主さんの猫の一匹が部屋にきてくれた。イーヴァーというなまえ

家から見る家主さんの家。左からアイビスという野性の鳥、勝手に飛んで来て4時から鳴く鶏と椅子の足下に三毛猫
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年齢差がはげしすぎる、シェアメイト

との生活で、疲れはててーしまうのは〜

そのうえ、最近頻繁に彼が来て?泊っていくってどうなん?

と思って友達に聞いてみると、18歳の娘がいてる友達は家の娘も友達とシェアーしてるけどボーイフレンド泊めたりそこで皆でご飯食べたりしてるよ。それ普通やでって言う考えと。そりゃあちょいいややわなぁっていう考えが。まぁ女友達がたまに泊りにくるのはええけど、ねぇ。異性で朝も一緒にシャワーとか入られてはしゃがれると。。。。

とよもの場合は、まだシェアメイトとは会って2ヶ月くらいでそんなに話しする機会もないし、その子ははじめてとよもがオーストラリアに来てシェアーしてた時と同じく、ご飯も(ピザとコーラ)部屋で食べてる。

ただ、何でも楽しい年頃なのか、凄い明るい性格なのか始終携帯でげらげら笑ったりキャーキャー言うたり声がでかい。

なので、その子がいないときとよもは、あーーー寛ぐ。自分の世界を満喫できるうれしさをかみしめる。

むかしはシェアーして、嫌な思い出が2つもあって、もう二度とシェアーはいややっておもい、長いこと一人で暮らしてたからねぇ、ここも2部屋あるけどもう一つの部屋はスペアルームとして使うから今のとこと人は入れないって聞いて入ったからなぁ。今の状況に慣れられるのかなぁ。まぁその子もいろいろ気を使ってくれてるのは感じるけど。。。

家主さんもいい人で猫も2匹いてるし、自分の部屋の裏に小さなプライベートガーデンあるし、気に入ってる場所やけど。

どうなることやらね。

バンディーナのわらいかわせみブラザーズみたいに、くくくくくぅくわっーって笑い飛ばせたらなぁ。

 

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捨てる神あれば助ける神あり

猫シッターでバンディーナという場所にいます。そこはシドニーから電車とフェリーで2時間くらいでナショナルパークの中にある海に囲まれた小さな岬?。

最寄り駅からは黄色とグリーンのポンポン船みたいなフェリーが一時間に一回行き来してる。でも海が荒れればフェリーはキャンセルで振替バスがあったとしても一日3回くらいとぜんぜんやる気なし。とよもみたいに車を持っていない人は仕事があっても海が荒れれば小さな町以外にはどこにもいけない。

昨日シッターの打ち合わせのためにシドニーに出たとよもは、帰りの最終フェリー5:30に乗れるよう余裕を持ってバスに乗り電車に乗って最終駅クロヌラまで、そこの駅から歩いて6分くらいの埠頭からフェリーがでてる。

クロヌラ行きの電車に乗ったはずが
サザランドというところに分岐点があったみたいで、
からその電車は違うところに進んでいたことを知る由もないとよも。。
終点で降りるとそこは知らない駅。。。
戻る電車は27分後でそうするともうその駅で5時
5時半のファリーじゃない、フェリーに乗れない
今夜ごはんをあげないと猫が空腹で死ぬ。。。。
そしてわたしはどこかで夜を明かすのか。。
飼い主さんにメッセージしたらフェリーに連絡すると待ってくれるというので
連絡してもらった。でもそんなに長くもまってくれないだろう。。
サザランドに戻る車中焦燥しまくり
駅で3分待ちでクロヌラ行きにのれたけれど、そこでもう5時15分くらい
クロヌラまではたぶん25分くらいかかるし。。。
もうだめだ。からだがぎゅっとちじまる
クロヌラの駅降りて5時40分、走って走ってフェリー乗り場についたら44ふん
そこは綺麗なゆうやけで
人影もフェリーもいなかった。。
太平洋ひとりぼっち
フェリーのりおくれたーー
飼い主さんにメッセージ
返信音
とよこユーアーラッキー
今日から9月でタイムテーブルが夏時間に変わって
6時30分のふぇりーがあるよ!
えええーー
ほんとの最終フェリー
逃したくないので寒いフェリー乗り場で
おじぞうさんみたいにかたくなりながら待った40分
もう真っ暗な海からフェリーのうすあかりが
たよりなくふわふわゆれなからちかづいてきた
こんなにフェリーに想いをつのらせたことはかってないわ
ありがとう
フェリー夏時間!
さけんでないけどそんなきもち
まるで捨てる神あれば助ける神あり
思いもしない感動がありがとう。
海の前のb&bでクリスタルつみ
おきゃくさまのindy
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ちっちゃい動物達

マウントクーリンガイの家の家主さん達が高齢のためゴールドコーストの姪の家に引っ越して、そのあとに母屋には家主さんの義理の娘?家族が住んでいたけれど、その人達もひっこしてしまい、とよも一人でガレージの上に住んでいたけれどとうとう家が売りに出されて5月に売れてしまいましたー

ということでとよもは、引っ越ししてカンタベリーという街にきました。ここはなんときーつが子猫の時に捨て猫協会にたすけられて、住んでいた街、きーつの里。

庭に新築された小さな2ベッドルームの家の一つの部屋に住んでいてもう一つの部屋には18歳の看護学校に通ってるオーストラリア人の女の子は住んでいる。女の子はティーンと言われるお年頃なので、始終友達やお母さんと携帯で話していて、ご飯も自分の部屋でたべてるけど会えば明るく挨拶してくれる。

オーストラリアに来て最初の6年はシェアーしていてうまくやってたけど(男女混合)、その次のシェアーでは、冷蔵庫にいれてるもの勝手に食べられたり(女性同士)、きーつがなぜか、シェアメイトの足にかみついたり(そんなこといまだかってしたことなかったのに)で、上手くいかずその次もシェアーしたけど(女性同士)、またいろんな問題が起こって、もうシェアー無理ーとおもい、それからずっと一人で住んでたので、シェアーなんてなんねんぶりやろ?

まぁ、今はシッターで家にいることもあまりないし、とよもも大人になって来たのでまぁだいじょうぶかなぁ。

俯瞰して自分を見るとほんまに、なんでも悪い方に取るというか、じぶんが嫌われてるのでは?見たいな妄想がどんどんでてくるんや自分ってわかった。でもこれからは。もうそんなことでかんがえこまないぞぉーー

オーストラリア人の中に混じって陶芸習ってはや一年、いまだに帰るときみんなみたいに『ばーいえぶりわん』とか大声で声かけて帰れないけどまぁちょとずつなじんできて、ふとした拍子に色々教えてくれる人がいたり、とよもの作品褒めてくれる人がいてたり(こっちの人は何でもほめまくる)でそんなときはひとりでにんまりしている今日この頃。

作品はなかなかそこでは、まだ緊張してていいものができなかったけど、最近家でちいさな動物作ってそれを教室でつくった器などにつけてみようと考えてる。

つくってて、かわいいーって自分で満足してる時がしあわせやわ。

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猫のホストクラブ

なにかって、ペットシッターという仕事はお金もらいながらも、猫たちから癒され愛があふれる、それは無料じゃあなく、さらにそのうえ、お金がもらえるホストクラブ?お世話してるつもりが、接待されてたのかぁー

座ったら横に寄り添うように体を預けてくるホスト(接待猫)。

いきなり、高価なプレゼントの小鼠をとよもの部屋において、知らん顔してるホスト。

たまには本気で噛み付くホスト(それも接待のうち)。

高価なご飯をせがむホスト。

人間のホストよりそのままなぶんいいかも、猫ホスト。

いやなときは、どっかにいってしまうから猫ホスト。

男も女も関係ないけどホストと呼ぶ猫ホスト。

 

どんな経験も考えればすべて愛があふれでぇーぜ。

延長もなぜか無料にゃホストナンバーワン、もっぴー

 

 

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猫からのプレゼントいただきました。

目の色一緒

猫シッターで猫とのコミニュケーションはどんどんよくできるようになってはきているけど、人間とのコミニュケーションはまだまだやー。

前回の病気のポンちゃんのときにはぽんちゃんのことには全力投球したけど飼い主さんが心配して1日早く帰ってきたとき、そんな飼い主さんの気持ちを察するこ言葉もかけられずにただ、大変だった自分のことばっかりだった自分。

ともだちに教えてもらってやっと気がついた。はぁー

しかしながらおそくても、気がつけてよかった。自分自分ばっかりでなく人の気持ちかんがえやなね。

いまのお客様は、まるがお細目のモッピー。

なんととよもの部屋に愛を込めてプレゼントをそっと置いていってくれたモッピー。

プレゼントは

 

死んだこねずみ!うっわーーっ

こねずみさんは庭に埋めて墓石つくった。

モッピーはよく、うさぎやポッサムを生きたままたくわえてきて、リビングルームで追いかけ回すから、そのときはうさぎをタオルでくるんで逃がしてあげてねとは聞いていたけど。

いやはや、人もいろいろ猫もいろいろ。

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信じていればええねん

猫シッターは、好きな猫と素敵な家で暮らせて(小さな自分の住処とくらべて)キッチンや冷蔵庫にあるものはなんでも食べてねといわれ、そのうえお金がもらえる素敵な仕事。でも今回病気のぽんちゃんがシッター中にもっと具合が悪くなり動物病院に走らなあかんことに(タクシーでいくけど。。)。

そんなとき、海外にいてる飼い主さんは心配マックスになる、そのあいだにはさまれて自己否定力が威力を増しとよももけっこうきゅうゆうになる、最初は飼い主さんに叱咤激励されなから指示に従うのがめいっぱいやったけど、これって信頼されてない証拠?むらむらそんな考えが起こってきた。

それで

安心してもらえる自分を目指してぽんちゃんが下痢になったとき飼い主さんにいわれなくても、獣医さんに治療後テキストメッセージで質問し、そのあとでぽんちゃんのこと飼い主さんに報告したら。

それは注射のせいかもしれないので獣医さんに聞いてみてくださいと言われた時に、いやすでに聞いてこういう返事をもらってるので大丈夫かととか今日言えた。

はじめは悔しさで相手を責めてたけど、その経験をもとに自分を変えたらええだけやった。いつもそのくやしさを感じなくするために相手を悪者にして安心してたんや。

 

毎日の現実はほんとうは映画で、自分は俳優で演技してるだけみたいなふうにかんがえれば、ほんとうの自分には心配も不安もない。台本の通りことが起こってセリフを本当みたいに言うてるだけ。そのなかで湧いてくる感情も演技の一部とおもえばいい。でも俳優の世界ではそのなかから台本にないはずの感情からの表情とか考えとかアドリブとかがマジカルにでてくるらしい。それはどこからでてくるん?それが演技のある意味?それともそれは別世界へのわーぷ?過去生の経験から?

現実劇場では言葉でのコミュニケーションは妄想から感情が発生したりしてみんなが自分の考え方が正しいと思うか、嫌われたくないがために本心を隠して言葉を出したり、自分のことしか考えられず喧嘩になったりするけど。そんなことにいちいちこころをわしづかみにされず。ただの演劇よのう〜と一歩離れたところでじぶんをみる練習するのがいいかも。

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元気になる写真

シッター先のメロンはいつもここでこんなかっこうでこっちをみをろしてる。見ただけで笑えてくる。

下のまるみもなんともいえん。

今回のお客様は、若いメロンとちょっと年で皮膚病のぽんちゃんの二匹。メロンがいつもぽんちゃんにおそいかかるけど、ぽんちゃんはするりと逃げてしまう。

ぽんちゃんは、錠剤と液体の薬のませなければいけないけど、ご飯に混ぜてもそのままたべてくれるから楽。ねこによるときっちり錠剤だけのこしたり、くすりがはいってると絶対食べない猫もいるからね。

薬はステロイドともいっこは精神安定剤みたいな成分もはいってるみたいなので、くすりのいやなとよもはのませるのもいやだけど、しかたない。。飲ませなからもリラックスできるようにブラッシングしたり喉の下なでたり。1日目は2匹とも別々の部屋でねてたけど、昨夜は二匹ともとよものベッドで寝てた!

これからじんわりなかよくリラックス生活して、シャカシャカ掻くのかすくなくなるとええなぁぽんちゃん。・

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9こめの住処

シドニーに来て9こめの住処に来て一週間、今やっとおちつきました。

住む場所が変わるということは、なんだかごっそり生活スペックが変わるのでしんどいけど、変化がおっくうなとよもには強制終了バーン!キャー!みたいでいいのかもね。

新しいとこは庭に新築された2部屋の小さな家で、ちゃんとしたキッチンオーブンやおっきな冷蔵庫に洗濯機乾燥機、家具類はすべてついてる。いまのところもう一個の部屋には誰も住んでないけどゆくゆくは誰かがきっと来る。それとリビングにでっかいテレビがあって母屋に住んでる家主さんのことも3人がそこでテレビ見たりゲームしたりしにくるらしいけど、とよもがきてから誰もこないので、やぬしさんにメッセージで『子供達が遊びに来ないのは私に気をつかってるからでしょうかね?』と聞いてみたらこんな返事が。

『子供達はあなたが落ち着けるまでまっているみたい』

なんとまぁ素敵で大人な対応。こどもは、16、13、10歳子供の方がとよもり心はおとなだ。

そのうえ2匹の猫もいて、裏には自分専用のちいさな庭に椅子とテーブルがあってそこでひとり陶芸もできる。

この前の二人展でオーダーのあった作品をつくったけど、誰がオーダしたのか書いた紙なくして分からない。。

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繰り返す感情をいいふうにひっくり返す

去年に創ったりんさんのフェルト猫、摘みたての茶畑でなにやら誇らしげな感じ。フェルト猫の製作はいつもすごいこわい、うまくできない(今まで何回も失敗してる)、きっと似てないとかおもう心が立ち上がってくるから。集中して創ってると全体が見えなくなって、写真を撮ってみてからはじめて、えっ!似てないやんとかわかる。肉眼で見たのと写真を撮って見たのとではなんだか違う、いつも違う。毎回今回で山超えたとおもっても、次作る時はまた山の下になぜだかもどってる。。。それじゃあいつまでたっても自信がないままやん。おかしいなぁ。

りんさんをオーダーしてくれた方たちがとよもがつくったりんさんを毎日大切にしてくれていろんなところにも連れて行っていてくれているらしい。ふとおくられてくる丁寧な文章の中には、ほんとうに必要とされてるりんさんがいる。フェルトで創られたりんさんに家族のかたたちが寄り添っていくことでそこには何かが産まれている。そしてそのなにかがとよもにも送られてくる。いなくなってかなしいけど、すごく楽しい日々を思えばそれはいつもそこにある。

そういうことはやっぱりすばらしい経験。(ここから気分がかわる。。)

人も物もみんないっしょ。自分もとなりのおっちゃんも、木も、つくえもつきめれば粒子になるから、いっしょ。詳しいことはわからないけど色々違うかんがえもあるけど、とよもはなんだか最近そうおもう。

おこってることが、悪いことでもいいことでもなく、ただ経験としておこってる、それを受け入れていくだけ。これから電車に乗って家に帰るとかそういう計画はあっても、電車でなにがおこるか、道でなにを見て何をおもうのかは誰もわからない。電車に間に合わなかった人が、すごいちくしょう!とかいうかんじで怒ってるのを電車から見て、それは怒ってもどうしようもないからそんやなぁとおもう。変に心配したりし、後悔してもしょうがないこと。

悲しみもそうかな、

それならなんでも、うれしいことにしとこ。

家賃上がっても、なんかあたらしい場所でなにがあるかわからないことがうれしい。毎回悩むフェルト猫製作も悩むと思う心の癖で実際は100%仕事としてこなせてるし。なーんや。変に考える癖はながねんかけてつくったから、いつもでてくるけど、そのたびにちゃうちゃうっておもうことをくりかえす。

繰り返すをひっくり返す

2月に亡くなった友達が植えた木に昨日花が咲いてた、いつもおもいだすと苦しい気持ちになってたけど、その花みて、ああ生きてるんや、太陽浴びで成長して喜びを表してるんやってすごいかんじた。