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100才の誕生日パーティ

昨日の夜にひさしぶりに友達と日本食食べに行って、泊まらせてもらった帰りにニュータウンで買い物してたら、ばったり違う友達に会って、『これから100歳になったおばあちゃんのパーティに行くけど興味ある?』といわれて、即座に『いくいく!』といってつれてってもらった。
パーティといっても、カフェの前の広場で皆が集まってそこに、しずしずと現れた白いドレスの100才の(誕生日は3週間前だったみたい)女性。最初は杖ついてたけど、すぐに杖をてばなして、音楽に合わせてゆっくりダンスしてる姿はおばあさんだけど、かもしだす雰囲気はぜんぜん老人ではなくひとことでいえば、かわいい!1914年生まれEileen Kramerダンサー、振り付け師いままで世界中をパフォーマンスしてまわってきたらしい。ダンスのコスチュームも自分で制作していたらしい。最近Lacey Coleというミュージシャンの新曲のビデオクリップに出演した100才のEileenとよもは彼女の事全然しらなかったけど、Eileenはwalkabout dancerという本も書いててけっこう有名なパフォーマみたい。家の家主のばあちゃんも85才の元ダンサーなのでEileenのこと知ってるか聞いてみよう。100才でまだプロとしてしごとしてる、ああ素敵。
http://www.dailytelegraph.com.au/newslocal/city-east/yearold-dancing-queen-eileen-kramer-stars-in-lacey-coles-new-music-video-nephilims-lament/story-fngr8h22-1227075123612

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そうかー

今朝、友達のブログで今起こってる心の変化の事読んで、とよもがここずっと考えてることとすごく似ていて、自分でなく他の人かそのことを表現してるの読んだらすごいすっきり納得できた。
そのあとすぐに、いつも読んでる阿部敏郎さんのブログをみたら。
以下抜粋
真実の態度とは、痛みが消えるという期待(幸せへの憧れ)を生きることではなく、痛みは消えないという事実を認めた上で、そのあるがままにくつろぐ、この態度こそが「あるがまの自分を認める」ということです。
いまだにあるがままの自分を認められない人の心の根底には、いつかこの痛みは消えてなくなるはずなのに、いまはまだ自分の一部になっている、だから私は自分を認められないという思いがあります。
繰り返しますが、痛みは、苦しみ、悲しみ、怖れ、嫉妬、罪悪感、不安、無気力、怒り、貪欲、攻撃性などの形をとって顕れてきます。
そのような自分は認められないと思っていませんか。
さてそれでは、ダメ押しの悲しいお知らせです。
人生は苦しみである
我々は、決して幸せにはなれない
以上!!!
もしあなたがこの真実を心底から認めたら、あなたの人生は大きく変わります。
幻想から真実にシフトするのです。
でも人は相変わらず希望を持ち、また新しいやり方を探し出します。
世の中にこんなに沢山の「幸せになるアイテム」があるのは、人々が、痛みがなくなれば幸せになれるという幻想を持ち続けているからであり、提供する側も同じ錯覚の中にいます。
あるがままの事実に、あるがままの自分が関わっていく。
そこからしかリアルな成長はありません。
「あるがままを相手にしなければ、リアルな展開はない」 向禅師
まったく同感です。
このような希望を奪うアプローチはいつも否定されてきました。
そうやってまた新たな希望の情報が社会を覆うのです。
決してどこにも行き着かないことに、もうそろそろ気づくべきです。
安らぎは痛みや怖れを手放した結果ではなく、むしろ希望や期待を手放した時に訪れます。
その瞬間、抱えていた重荷が消え去り、このリアルな痛みの背後に、無条件の喜びと価値を見出すのです。
僕たちの本当の精神的成長は、幸福を追求することではなく、幸福への希望を捨てきった時に顕れるという、なんとも皮肉な話をさせてもらいました。
抜粋おわり
そうか、じぶんのやなとこもそのままもってたらえんや。
いい人になりたいなぁとおもうより、やなじぶんもいててそれでええんや
ああーー今こころがざわざわしてきてる、それでいい(なんかくるしい)。

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自然のめぐみじゃー

今朝、朝一に郵便局に行った帰りグレードノースウォークというブッシュウオークの道にちょっとはいってみた。ここから次の駅まで4時間くらいの小川が流れる素敵なブッシュウオークコース。
なんでそこにいくかというと。
歩いて1分くらいのとこに大きな桑の木があるのを去年友達とみつけてたからね。
ことしもそろそろ実がついてる頃だわい、っておもって。
いってみたら、あったあった枝がいいぐあいに垂れ下がってとよもでもけっこう背の届くところに実がいっぱい。あまくておいしいマルベリーの実が、ただですよ奥さん!とか一人でおもいながらよくばりばあさん、180こくらい収穫。これから3週間くらいは毎週収穫できると思う。帰り道にブッシュターキー(黒いおおきな七面鳥)も歩いていたよ。

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きのことことり

とよもがシドニーーに来たのは1993年12月もうすぐ21年になるのかー
産まれてから住んだ所ではどこよりも長く住んだ事になる。
こっちにきてから、ずっと妹がなにかにつけ、お菓子や食品、雑誌とかのを送ってくれる。
いまやこっちでも、日本の食品は買えるでーといってもずっとずっと送ってくれる。
最近は。妹の娘が送ってくれてるみたいで、今日もつきましたふるさと便。
そのなかには、メイが行って来たという、大阪空掘商店街の雑貨屋さんで買ってくれた、ちっちゃ!いことりと、キノコの陶器作品といい感じの猫のイラストのポストカード。とよもは好き嫌いがはげしいから、お気に入りは少ない。でもこれはかわいいわぁ〜ありがとう。メイ

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アドマイヤラクティ死亡

今日のメルボルンカップで、日本馬で一番人気のアドマイヤラクティがレース後、馬房で死亡。
心臓発作と内出血というようにニュースには書かれていたけど、これからメルボルン大学で解剖して調べるそうだ。
今日のレースでアドマイヤラクティは、最初はぐんぐんトップで走っていたけれど、半分の所から、騎手が言うには反応が無くなり、何かおかしいとわかったので、それ以上走らせなかったらしい、結果最下位の22着。普通に歩いて馬房で倒れそのまま亡くなったそうだ。
ゲートに入る時もすごくいやがっていたそうで、きっと調教師や騎手もなにかおかしいとは気づいてていたはずだ、走らせるしかないのだろうね。
メルボルンカップの賞金はすごいらしいし、オーストラリアにとってもかなりの経済効果をもたらすイベントだから。ふぅ〜
調べてみるとこの馬は、日本ではそんなに成績はよくなかったみたいだけど10月18日メルボルン開かれたコーフィールドカップで一位になって、今日のメルボルンカップにも出馬。
2ヶ月続けての遠征は馬にとって、すごいストレスになったとおもう、オーストラリアは検疫も大変だし。動物の労働組合つくるべきだ。
人間の欲の為に無理に走らされ鞭打たれそれでも命のがぎり走る。サラブレッドに産まれたばっかりに。競馬を楽しむのは人間だけ、馬にはかなしい運命。
アドマイヤラクティはゴールまで必死に走った。