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造形専門学校カペラゴーデン

とよもが2007年にリンカランという雑誌の別冊で知った 、スェーデンのエーランド島にある小さ全寮制の造形専門学校カペラゴーデン。。
1957年に農家を改造してできたこの学校の創始者はスェーデン人の家具デザイナー、カール・マルムステン。自然の中で必要な物は自分達の手でつくり、生徒は家族のように一緒に暮らしお互いに影響しあい自分の制作に没頭する。木工科、陶芸科、テキスタイル科、園芸科があって入学試験はなく、年齢制限もない。履歴書と志望理由、自分作品の写真提出のみ。でも受かるのはほんの少人数なので倍率はかなりきびしいみたい。
その雑誌をずっともってて、いままた、カペラゴーデンにいきたい病が再発した。
こっちでも、日本人の先生の陶芸教室に行ってるとよもはまずそこから変えて行こうと決断、こっちの陶芸教室にいってみるぞ。
鳩の置きみやげ
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みっしゅの5年とよもの10年

昨日みっしゅの写真撮って、昔の写真を探してくらべてみた。

misyu2017
真ん中が5年前のみっしゅ

着ぐるみを一枚脱いだような。

そういえばきーつが亡くなって今年の3月でもう5年。そりゃあみんないろいろと変化して行くよなぁ。おかんが亡くなって今年の4月でもう10年その間に父も亡くなり。考えてみるととよも激動の10年やったんかもね。

きーつが亡くなった次の年から友だちの猫のシッター初めて、去年はほとんど家にいてないくらいシッターの仕事が増えて来たけどこれもみんな今はいない誰かさん達が遠隔操作してくれてるんやろかね。ありがとう。

それで家に帰ったらみっしゅがぜったいに来てくれるし。

誰か近い人が亡くなったらそれは悲しいけど、こうして年月経ってみるとちょうどその時その経験必要でその瞬間瞬間のつながりが今で、亡くなる悲しい、悪い事とかでなくて、物事はおこるだけそれは体と心で経験の為、それはいいとか悪いとかないんやな、何でもそんな風には考えきれんときもあるけどきっとそうや。

自分がこれは大切な経験や思えて何でも”ほほう、こんな経験が必要なんか”とか思い、経験にこころをわしづかみされて振り舞わされないように、人の事でむかついても、その人のせいでなく自分やで、気づくべきことがそこにあるからむかつく。そんなとこ気ぃつけや〜って誰かさんがいうてる。

先週シッターした犬がそのあとに犬に噛まれて手術して良くなって来たよとお知らせもらったときに、ふとホオポノポノを思い出し、その事についてクリーニングしたら、色々な人が次々思いうかんで皆クリーニングした。そんときはまた他の犬シッターしてたので朝散歩にいったら、朝6時過ぎでいつもは一人くらいにしか会わないのにその日はほんま、10人くらいの人に次々会ってみんながおはようとか、挨拶して犬同士も挨拶して、おまけにし白い鳥の羽も2つも落ちてた。なんなんやろこれ。ホオポノポノのせい?偶然?

人やものごとのことクリーニングすることによって、自分の想いもクリーニングされるということかな。

年末に習ったアクセスバーズもいっしょの事かな。

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思い込ん太郎

昔そんな言葉を使ってた。思い込みの激しいひとのこと。

とよもはさいきん、思い込ん太郎から離れてきた気がする。思い込みというか自分が作ってひとに押し付けてる(あてはめてる?)価値観がうすれてきたみたい。というのもとよもは好き嫌いがきっぱりしてて、それはいつも一瞬に判断されてた。でも最近思い込みが溶けてき、ほんまのそのものを感じられるようになってきたと言うたらええんかな。

先入観無しにそものもを感じれるようになってきた?。

人でもアートでも。何かそのもの自体にある素敵なところが、今までの自分がつみあげてきた価値観が消滅することによってわかるようになってきた。

話は変わって、シッター先で今は毎日犬と寝てる。

朝起きたらとなりに犬、パジャマ毛だらけ。

sleep

家の中ではどんな時も絶対についてくる、ソファーに座ったら絶対自分のどっかをとよもにくっつけてくる。なんなんこれは。寝てても起きてついてくる。せわしなさすぎ。不安なんかな。まだ子どもやし。ちょっと男前でもある。ちょっと犬くさい。

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おちつかなーい

昨日からキッチンリノベーション中の家で猫シッター。キッチンが使えないので地下のランドリーでキャンプみたいに携帯コンロで調理。でもキッチンは2階で冷蔵庫もそこにあるからいちいち素材を2階から降ろして調理、そのうえ全ての階段にダンボールがおいてある。大工さんが土足であがるので汚れないように。それが滑って危ない!みみちゃんも足踏み外してたよ。

ベッドルームは3階でそこはもうリノベーションおわってるから落ち着けるけどワイファイが届きにくく、いまはキッチンの横の工事中ですごい混沌としたところでまさしくラップトップで作業中。

デッキで卵焼き。草のうえがきもちええわぁーのみみちゃん

cookingmimi-on-the-grass

先月刈った羊毛を毛糸にするクラスに4回いってきて、毛糸ができたよ。はじめはすごいむつかしくて、諦めてたけど数回したらできるようになった。ふんわりした羊毛から魔法のように細い糸が紡げるようになったよ。といってもまだまだ不揃いやけどそれがまたかわいい。

一緒に行った友達は380ドルで中古の糸車?買ってた。

写真グレーのコースターが最初に綺麗にカーディングされた羊毛で紡いだもので、白が刈りたての原毛を大きなブラシでゴミ落としながらふんわりさせてから紡いだもの、これは何回洗っても羊くさい。下のグレーと白のが一番最後にしあげた毛糸でこんな風に出来上がりの糸をねじねじにする方法もおそわった。

自分で紡いだ毛糸のコースターは手に取るとふんわり柔らかく、機械で紡いだけいとにはない柔らかい暖かいエネルギーが満ち満ちてる。こんなのでセーターとか作って着てみたいわぁ〜

人間はすごいな、ふわふわの羊の毛を刈って毛糸にする後術あみだして、それをかぎ針つくって編み出すことまで考えるって、携帯発明するよりそんな自然な発明の方がなんか好き。

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ああ、わたしが笑いたいようにわたしを笑わせてあげたい

この言葉は”幸福は日々の中に”http://silentvoice.jp/whilewekissthesky/という映画のコメントのなかの一節。とよもがここ数年いろいろいろいろ探しまくってたことへのかみさまからの答えみたい。この映画のディレクター茂木綾子とヴェルナー・ペンツェルは2009年に淡路島の廃校で始めたアーティストコミュニティノマド村ノマド村サイトのときからなんか惹かれてた。

映画のサブタイトル

そのままでいい、何も学ばなくてもいい。

 

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相手を信じ切るあんど自分も信じる!

前回の本当の自分に出会わないまま人生を終る件について、とよもは自分でもそうなんとちゃうかなって思いながら書いてた。ほんで今日、ほぼ日で糸井さんが書いてた事読んだ

今回のオリンピックでも、
何人もの選手たちが、じぶんなりのやり方で、
「心配ない」をつかむようすを見ていた。
たとえば、女子卓球の三位決定戦。
伊藤美誠選手が勝って銅メダルが決定したが、
あのときは、次には石川佳純選手がいる、ということが、
思いきりのいい試合をできる支えになっていた。
さまざまな競技のなかで、そういう場面は多かった。
男子400メートルリレーのバトンは、
受ける選手と渡す選手が、相手の動きを信じきることが、
すばやく確実なパスの方法なのだという。
じぶんのことも相手のことも、信じきって
「心配ない」というところまで練習してきたという。

 

自分を信じ切る、相手を信じ切る。

しかしながら、信じ切るって、どうやったらええん?

”全ては自ずとから決まっている事それにゆだねればいいんじゃよ”。神の声

でなことで。信じ切るということは

今起こったことは、もうきまってることやから

身を任せるほうがお得ということらしいてす。

身を任せるとは、ほんまおもたそのままで

こうしたら怒られるんちゃうかなとか

こういうたら嫌われるんちゃうかな

こうしたら、皆が自分を好きになってくれるんちゃうかな

とか

そんなこと考えんと。ほんまそのままの気持ちを勇気を出してゆうことで始まるらしい。

それが心配無いで〜ということになるらしい。これって糸井さんの言うてる極限まで練習してして心配ないというとこまで持っていくのとは違うけどね。

闇雲に信じ切るというか、起る事しか起らないからどうしようもない、それでそれは全て必要な事で誰の責任でもないのかなぁ。。。

 

 

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本当の自分にあわないまま

シドニーで一流企業と呼ばれてる所で5年以上働いてた友達が、今月アメリカのミネソタ州の専門学校にい一年行くことに決めた。そこで管楽器の修復を習う。

友達の今までの仕事は忙しく常に新しいことを勉強しながら精神的にも体力的にも無理を重ねていたみたいで、自分がやりたいことをずっと水面下でさがしていた。彼女はトランンペットやウクレレやバイオリンを演奏できるし音楽が好きみたいなので、最終的に管楽器の修復にきめた。

とよもは、そんなともだちのことがすごい嬉しい。安定した生活を捨てて新しい土地への移動はけっこうパワーはいるもんね。でも自分のことかんがえてみるとそんな時はなにかに憑かれたように、ちがうところから動かされてるみたいになってたなぁ。宇宙の采配?

ほとんどの人はなにかに縛られ世間とかを気にし、自分に起こる自動的思考に慣らされて本当の自分に出会わないままこの人生を終えるのかもなぁ。そんなんもったいなさすぎる。せっかくすごい確率で産まれて生きてるから、自分が楽しいこと好きなことみつけて仕事につなげていくほうがぜったいにいいとおもう。最初はうまくいかず苦しい生活になるかもやけど、1−2年つづけるとだんだん状況は良くなってくる。とよもはカジュアルパーマネントのデザイナーの仕事辞めてからもう16年、なんとか自分で生活できて最近は自分のためにお金使うこともできるようになってきた。スーパーの野菜とかでも6ドル以上のものは高いとおもって買えなかったけど、いまや、$7、99のホワイトアンチョビも買える!

TIGER3

太陽の光がシャワーみたいできれい。爪が布団にひっかかってる。

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シッターの仕事って幸せかーも。

昨日夜のことじゃった。リースとえびすの御家族が一日早く帰るよー、って夜7時頃電話があって、後一時間で帰ってくる家族、『どうしよう、とよもはもう家に帰ろうか』と荷物とかまとめてた、帰って来た時に、『この時間ならまだ家に帰れるので帰ろうと思います〜』というと『夜に帰るのはよくないよ、気にせず泊って行きなさい』と夫。それで小学生のこどもふたりと夫、リース、えびす。みんな男やん。。。と過ごす事に。

それで、みんなでなんか怖い気持ち悪い映画を見ていて、ちいさいこどもは本当にこわいらしく、『もう10時だよ寝なきゃ』とかいってみんな歯みがいてねたのでした。友だちの夫はオーストラリア人だけど日本語話せるのでよかったー。子供達も日本語で話してくれたから楽しかった。まだ天使のような年頃の子供達はほんとうにかわいわ。テレビ見てるときえびすがとよもの膝の上で寝てくれてた。

あさになると、ご主人がいるのに、りーすがいつものように起こしに来てくれたのもすごいうれしかった。こうして、対人苦手の壁をこわしてゆくのか。これも与えられた大切な経験だわ。みっしょんこんぷりーと!りーすってもうすぐ11歳やて、それにしてはあの遊びの粘り強さ、海への小走り、若い!

日当りのいい所にベッドを移動したら二人で熟睡してた。えびちゃんの性格、猫にしては稀に見るフレンドリーで怖いものなし。りーすよりもじぶんが上みたいにふるまうど根性。リースは子供の部分を残していても熟考のできるやさしい男、深い愛にみちあふれて、うんちはおおもり。ああこんなすばらしい方々と暮らせるとよもは幸せですわ。

sun busking

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ふたりは山と川

ゴールドコーストの隠れ家的ワインバーMaxwell Brownで食べた料理でおぼえてるのは、豆腐キムチ納豆、手作り松前漬け、大根餃子、揚げねぎ鶏肉ミンチ、玄米赤飯、まぐろのさしみ、しめさば、さんまと大根梅干し煮、イカ墨パスタ、おからポテトサラダ、まぐろづけ丼、わかめうどんサラダゴマだれ、おからチャーハン、ビビンバ。ワイン飲みながらうまううまいの連続で、おもいだすだけでよだれが。

いつでもおいでといってくれる二人のともだち。とよもは最近自分の皮がだんだんはがれてきて、いやなところとか、だめなところが自分が、そのまま見えるようになって来た。そんなそのままを自分で受け入れちゅうだった。勝手な自分を受け入れる事はむつかしいから、時としてそれは自分のせいじゃあ無く、そこにいる人のせいにしようとしたりもするね。というかしてしまった。でもまぁ半日くらいで人のせいとちゃうやろってわかって、勝手な自分のこころのなりたちをともだちにはなした。ともだちはどういうふうになってもだいじょうぶやでと、とよもにスペースをあけてくれたから、それからまた楽しくすごせたというわけでした。人生つなわたり。人と暮らすと色々自分の事がわかるね。結婚ってそんなためにするのかなぁ。

この家のふたりは山と川でそこに自然ができてる場所みたい。雨もあり暑い日もあるけど、それが自然で二人の呼吸があってよどみがないような。そんなところで呼吸をみだしたとよもやけど、安心出来る場所だとわかったのはすごうれしいし、そんなふたりのことがすごくありがたく大切におもえた。おおむかしにブリスベンのアートギャラリーに行った時ふと頭に浮かんだ言葉、人間も自然の一部ということが、ああそうなんやってわかりかけてきた。

二人の好きな本とか見せてもらいウロコがぽろぽろおちた。特に坂口恭兵の0円ハウスと、宮沢賢治のセロひきのゴージュでとよもはこころの文明開化した。けどあとで小学2年生の読書感想文を見て、なにも分かってない自分を発見。

セロ弾きのゴージュ、小学校2年生の感想文

ともだちのつながりって、ほんまに自分をすくってくれる。昨日書いたともだちもそうやけどみんな自分と他人の区別かない。親みたい。

そして、マウントクーリンガイでええかげんに作った焼き飯をもそもそ食べてる今。

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4%の確率、勝ち取ったで

ゴールドコーストの隠れ家的ワインバーMaxwell Brown(ほんまは友達の家)で7日間、ワインと愛のある創作料理まったり楽しんで帰って来たよ。いろいろあって、こころの文明開化みたいな7日間やった。

簡単にいうと、不機嫌になってしまった自分をもてあます事件、罰金の処理の始末、幽体離脱、新しい自分の発見の4つ。

今日罰金についてかいてみる。

ゴールドコースト来る前に、電車で乗車カードをピッ!とするの忘れて電車に乗ってたら、いきなり目の前にチケット確認検査員が来て、ピッ!としていないのは乗車券もたないまま乗車したということで、それは法律に反しますねと200ドルの罰金カードを突きつけられた。それから友達ところにいって、凄い興奮してピッ!忘れただけで200ドルやで!降りる駅でピッ!したら電車賃は払えるのになんでやねん!と叫んでだら。『病気の私の所に来るので急いでいたと罰金再考のお願いの手紙をかいてあげるよ』とすぐに書いてくれたけど、罰金再考願いを出してそれが通るのは4%と罰金の用紙にかかれてた。門はせまい!

ということで、ゴールドコーストに行っても、手紙書いてくれた友だちから、私が手紙書くことをあなたが認証したという電話を電車の会社に電話して伝えて、とか、今までの乗車略歴過去3ヶ月分が必要というメールをもらい。びくびくしながら不得意の電話で電車の会社に自分の代理人が罰金再考願いをすることを認証しますと伝え、なんとか理解してもらい(英語の得意な友だちに文章書いてもらって読んだだけやけど)第1関門突破。

次の乗車略歴もまた電話して自分の略歴にアクセスするパスワードの変更の仕方(パスワードわすれてたから)今度は自力でおしえてもらい、乗車略歴をPDFにして友だちにおくって。第2関門突破。

ホリデーやのにこんなことに時間ついやしてた。。。

友だちはすぐにそれを電車の会社におくってくれて、3週間で結果が出るよとおしえてくれたのがゴールドコースト滞在最終日。やることおわってすごい嬉しく、お昼は近所の川沿いのレストランでビールとおしゃれな料理を食べて大満足。

一昨日夜に帰って来て、次の朝ともだちから

the fine from 27/1/2016 has been waived [cancelled] and you do not owe $200 any more.
やった!4%勝ち取った。それも3週間かかるという返事が即座に来てたのに、次の日に結果がでた。神様はそこらここらにいてる。
ゴールドコーストの海ですわ
ゴールドコーストの海ですわ