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なんか涙がでそうに

前回せっかくリースが海に行くために長い道を頑張って歩いたのに、あぶないとおもって自由にしてあげられなかっただめな自分をなんとかしたかった。

今朝リースに『海に行く?こんどはリード離すから』というとリースはキラッとこっちみてじっととよもの目をみつめた

『ほんまですか?』

アイコンタクトのあと、リースはすぐ海への道進みだした。おっきい信号二つもわたって、とよもはまたクラクション鳴らされへんかとびくびくしながらゆっくりいっぽづつ。

途中でリースは工事中の道のなにかに後ろ足がひっかかり、伏せの状態に倒れて動かなくなった、わぁだいじょうぶ?とびっくりしてもうこれ以上歩けないかもと、また自動妄想するとよも。心臓はぎゅっとなったけど、それと同時にリースはまたゆっくり立ち上がり歩きだした。信頼わすれてた

とよもの妄想をうちやぶって勇敢にたちあがるリースをみててなんか涙がでそうになる。。。ううっ

砂浜に着くなりリードをはずしたら、リースはひとりでばしゃばしゃ歩いて膝のとこくらいまで水に浸かってた。途中でちょっとかけあしになったりししてるリース

『楽しいわー、これやで!』。

リースを信頼することは、自分を信頼することで、自分を信頼することが自信。

なんか涙がでそうに。。。

いつもはカメラから目を背けるリースも今日はこっちみてくれた!かっこいい。

 

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コミニュケーション第一歩。

昨日キッチンで料理してたら若い男の子が入って来て『How do you do-』って誰?

その次にシェアメイトが入って来てHi!って。はじめてみたシェアメイトのボーイフレンド

わぁ、おとこまえさんや。

帰るときおとこのこが『By the way my meme is 000』と挨拶してくれた!。でも名前聞き取れず、はいはい、わたしはとよもですと会話。

そのあとシェアメイトが(なーちゃんとよぼか)彼はジェントルなのよーと話しかけて来た。とよもはおかんみたいに、どこに住んはんの?もう働いてはんの?と質問攻め。そのあとなーちゃんはゴミ袋お母さんが買って来てくれたから使ってねと。なーちゃんのおかあさんは時々食料を車で持ってきて掃除とかして帰る。

ドキドキコミニュケーション第一歩。

今日初めて家主さんの猫の一匹が部屋にきてくれた。イーヴァーというなまえ

家から見る家主さんの家。左からアイビスという野性の鳥、勝手に飛んで来て4時から鳴く鶏と椅子の足下に三毛猫
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猫のホストクラブ

なにかって、ペットシッターという仕事はお金もらいながらも、猫たちから癒され愛があふれる、それは無料じゃあなく、さらにそのうえ、お金がもらえるホストクラブ?お世話してるつもりが、接待されてたのかぁー

座ったら横に寄り添うように体を預けてくるホスト(接待猫)。

いきなり、高価なプレゼントの小鼠をとよもの部屋において、知らん顔してるホスト。

たまには本気で噛み付くホスト(それも接待のうち)。

高価なご飯をせがむホスト。

人間のホストよりそのままなぶんいいかも、猫ホスト。

いやなときは、どっかにいってしまうから猫ホスト。

男も女も関係ないけどホストと呼ぶ猫ホスト。

 

どんな経験も考えればすべて愛があふれでぇーぜ。

延長もなぜか無料にゃホストナンバーワン、もっぴー

 

 

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9こめの住処

シドニーに来て9こめの住処に来て一週間、今やっとおちつきました。

住む場所が変わるということは、なんだかごっそり生活スペックが変わるのでしんどいけど、変化がおっくうなとよもには強制終了バーン!キャー!みたいでいいのかもね。

新しいとこは庭に新築された2部屋の小さな家で、ちゃんとしたキッチンオーブンやおっきな冷蔵庫に洗濯機乾燥機、家具類はすべてついてる。いまのところもう一個の部屋には誰も住んでないけどゆくゆくは誰かがきっと来る。それとリビングにでっかいテレビがあって母屋に住んでる家主さんのことも3人がそこでテレビ見たりゲームしたりしにくるらしいけど、とよもがきてから誰もこないので、やぬしさんにメッセージで『子供達が遊びに来ないのは私に気をつかってるからでしょうかね?』と聞いてみたらこんな返事が。

『子供達はあなたが落ち着けるまでまっているみたい』

なんとまぁ素敵で大人な対応。こどもは、16、13、10歳子供の方がとよもり心はおとなだ。

そのうえ2匹の猫もいて、裏には自分専用のちいさな庭に椅子とテーブルがあってそこでひとり陶芸もできる。

この前の二人展でオーダーのあった作品をつくったけど、誰がオーダしたのか書いた紙なくして分からない。。

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繰り返す感情をいいふうにひっくり返す

去年に創ったりんさんのフェルト猫、摘みたての茶畑でなにやら誇らしげな感じ。フェルト猫の製作はいつもすごいこわい、うまくできない(今まで何回も失敗してる)、きっと似てないとかおもう心が立ち上がってくるから。集中して創ってると全体が見えなくなって、写真を撮ってみてからはじめて、えっ!似てないやんとかわかる。肉眼で見たのと写真を撮って見たのとではなんだか違う、いつも違う。毎回今回で山超えたとおもっても、次作る時はまた山の下になぜだかもどってる。。。それじゃあいつまでたっても自信がないままやん。おかしいなぁ。

りんさんをオーダーしてくれた方たちがとよもがつくったりんさんを毎日大切にしてくれていろんなところにも連れて行っていてくれているらしい。ふとおくられてくる丁寧な文章の中には、ほんとうに必要とされてるりんさんがいる。フェルトで創られたりんさんに家族のかたたちが寄り添っていくことでそこには何かが産まれている。そしてそのなにかがとよもにも送られてくる。いなくなってかなしいけど、すごく楽しい日々を思えばそれはいつもそこにある。

そういうことはやっぱりすばらしい経験。(ここから気分がかわる。。)

人も物もみんないっしょ。自分もとなりのおっちゃんも、木も、つくえもつきめれば粒子になるから、いっしょ。詳しいことはわからないけど色々違うかんがえもあるけど、とよもはなんだか最近そうおもう。

おこってることが、悪いことでもいいことでもなく、ただ経験としておこってる、それを受け入れていくだけ。これから電車に乗って家に帰るとかそういう計画はあっても、電車でなにがおこるか、道でなにを見て何をおもうのかは誰もわからない。電車に間に合わなかった人が、すごいちくしょう!とかいうかんじで怒ってるのを電車から見て、それは怒ってもどうしようもないからそんやなぁとおもう。変に心配したりし、後悔してもしょうがないこと。

悲しみもそうかな、

それならなんでも、うれしいことにしとこ。

家賃上がっても、なんかあたらしい場所でなにがあるかわからないことがうれしい。毎回悩むフェルト猫製作も悩むと思う心の癖で実際は100%仕事としてこなせてるし。なーんや。変に考える癖はながねんかけてつくったから、いつもでてくるけど、そのたびにちゃうちゃうっておもうことをくりかえす。

繰り返すをひっくり返す

2月に亡くなった友達が植えた木に昨日花が咲いてた、いつもおもいだすと苦しい気持ちになってたけど、その花みて、ああ生きてるんや、太陽浴びで成長して喜びを表してるんやってすごいかんじた。

 

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タンポポの綿毛をふぅーってふくみたいに自由にほわほわ

二人展のオープニングは人でぎゅうぎゅう。

用意したワイン12本と黒パン、ホールミールパン、スモークサーモン、チーズ、クラッカー、ピクルス、人参とコリアンダーと昆布のサラダ、フルーツサラダ。きれいに無くなったー。

それというのも、もう一人のアーティストShigemi Nakamura-Simmsさんは大学で奈良美智さんが先輩で、よく一緒に飲みに行ってたという。その後ロンドンに留学し帰国後も有名雑誌社でとよももずっと読んでた雑誌のデザインをし、オーストラリアに移住。そこでとよもがシドニーで働いていたデザイン会社で出会ったのでした。なので彼女の人脈は有名な人多し。シドニーでの交友関係もひろーい。

会場として使わせてもらった Atelier by ReNCOUNTER  は、地球にじぶんにやさしいライフスタイルを探している人々の為の空間として創られ。その関係の日本の本や雑誌、雑貨をセレクト。お茶をのみながらゆっくり好きな本を読めそのうえヘアカットもできるという多目的空間。正面のおおきな半円の白い窓や、インテリアもほどよくおしゃれでいつも自然な空気が流れてる心地よく軽く日常からワープできる。こんなとこに住みたいなぁ〜

オープニングの日のお昼に始めて二人ともがお互いの作品を見て、すぐにどういう風にレイアウトするか決めて2時間もかからないうちに完成。一緒に並べた瞬間からなにやらほんわりした空気がかもしだされて、ごく自然になにもかもがながれて、終ってちょいはなれて見て、ええやんってよろこび合う二人。

二人共に、いままでもってて消化しきれなてかったことがらなどがあって、制作に没頭することで素のじぶんにもどってどんどん自分の中におりていってこびりついてた何かをかきだすような作業をしたような。それで完成したお互いの作品を同じ空間においた瞬間掻き出した物がタンポポの綿毛をふぅーってふくみたいに自由にほわほわ。

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おおきくなって帰って来たやまちゃん

きのうから、庭に降りる階段の付近にマグパイをみかけてて、今朝もなにかカサカサ音がするので忍び足て庭にいってみつけたとたんに記憶がよみがえった。

『やまちゃん、帰ってきたんか!』

とよもはいつも、猫とか鳥とかに出会うとかってになまえが口から出てくる、バルメインの猫やまだくんや、しもじくん。からすのエレエレとか。

やまちゃんにマンゴーの皮さしだすと、階段のとこまで飛んで来て、とよものほうをじっとみてる。

憶えているんや。

12月3日のブログにもかいた、まだ羽もはええそろわなく自力生活訓練中で、ひーひーないてとよもにくっついてきたやまちゃん。水につけたミューズリーを必死で食べてたやまちゃん。

ちょっと立派になって、もうばんばん飛べるで!

あーすごいうれしい!ありがとうやまちゃん。

そういえば昨日拾ったマグパイのはねたばねて、枝にくくって自然の筆をつくってた。それで陶芸の釉薬とか塗ったら面白い模様になるかなとかおもって。黒い羽のもちぬし、それをひらうとよも、かえってきたやまちゃん。ループや循環やなんかのいりぐちかここれは。。。

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犬のせいとちゃうちゃう

犬の散歩で迷子に

知らない街で犬に連れられるまま歩き続けて帰り道がわからなくなる、今朝も頭のなかでは記憶してるつもりが、うまくつながらず。あれっ違う街まできてしまった!とおもいながら歩いてると何か見覚えのあるような、あっ!いつもの知ってる街。

というのも、いつもはその道を例えば東西に行って帰るだけ、でも今日はいつもは行かない南の脇道からメインストリートにはいったから、違う街に見えた。

それはきっと、とよもの脳のなかにはいつも歩いてる方向からの画像しか記憶されてなくて反対の道から見た画像は同じ店でも違うとこですって脳が判断するんやって気がついた。

ほんま?これってとよもだけ?

最近、道以外でも、そういうことがいろいろおこる。

友達が、こうこうこうでとよもは何もせんでもいいでって書いてるのに。そうかとよもがせなあかんねんやっておもってそのともだちにそういぅたら、違うよわたしがしてるから大丈夫っていうやん。

これにはざーーってなったね。こりゃあやばいぞとよもの理解力。

文章読んでても、猫がと書いてたらあとは自分の記憶や過去の経験で考えでかわいいとか先回りして文章があたまのなかにでてきてて、本当の文章読んでるようで読んでない。

妄想文庫

会話でもそう、苦手な英語ではいつも自分の英語がまちがえて伝わるに違いないって思い込んでるから、相手が自分の思ってる答え方でない場合は即座に相手が自分の言ってること勘違いしてるとおもって、ちがうねん!っておもてしまう。。

こういうじぶんのからまわりがやっとわかった今日この頃。

単純に言えば人の言うこと全然聞いてないやんってこと。

今までなんとなくそう言われ続けてたけどやっとほんまに、そうや!ってわかってびっくり。

そんなとよものシッター先にあった本。

昔からよく読んでた、ホ・オポノポノというハワイに伝わる伝統問題解決方法。

記憶を手放してゼロの状態になるには

ありがとう、ごめんなさい、ゆるしてください、あいしていますって自分のなかのほんまの自分に呼びかける。

いつも読んでるブログほっこりとりーとの中の

youtube でその伝道者のひとりイハレアカラ・ヒューレンの動画で見ながらやってみたらなんか頭が締め付けられるような感じがした。

ホ・オポノポノ

それからシッターの犬の散歩に行く時いつも、首輪をつけるのに逃げ回るのに、今日は首輪をみせるとゆっくり匍匐前進して首輪をつけさせてくれた、これはとよもの記憶、この子はいつも首輪をつけるのを嫌がるっていう過去の記憶が消されたからかなぁ。

えええーっ

散歩迷子はいつも僕のせいになるねんけど、ちゃうで。

 

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変化の瞬間

緑がこゆい庭とみみちゃん

おおむかし、LPレコード買ったのは、ビングクロスビーのホワイトクリスマス(母へクリスマスプレゼント、あっ!でもこれ売り切れで買えなかったんや、でも家にかえったらそのLPがそこにあった、母が先に購入してた!)と森田童子のGOOD-BY

なんでか今日YOUTUBEで森田童子を聞きまくり、大昔どうやってこの人を知ったのかも思い出せず(1970年ごろ?)、でもやっぱり森田童子の音楽にすごい影響されてる感がふつふつとわいてきた。井上陽水や荒井由美のレコードはともだちに借りたのにこれだけは友達もきっともってなかったんやとおもう。

たぶん森田童子の歌詞の中に太宰治という名前をみつけて、読みはじめたのかも。

その瞬間にぎゅーって湧いてくる、感情があってそれがなんかちからになって自分のなかに吸収されてとよものどっかにつみかさなってて、ふとした拍子にぽろんとでてくる、きっとそのタイミングも完全完璧なもののような気もする。

昨日来年2月ごろにともだちと二人展するカフェ本屋、ヘアサロンをみてきた。ATELIER by RENCOUNTER

ちっちゃいスペースでギャラリーとちがい本やヘアカット用の鏡や椅子がおいてある。

もらったカードには、

Design 空間 本

人の手によって作られた雑貨を通じて

地球に 自分に やさしいライフスタイルを

みなさんと一緒に探し続けたいと思っています。

とかいてある。

自分の作品を展示販売するだけでなくその空間をおとずれたひとたちに何か変化をもたらす今、瞬間をつくりたいなぁ。。。森田童子がわたしにくれた瞬間みたいに。

 

 

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すべては自然にきまってることのなかでただすぎてゆく

今はマロンの家に来ています。クリスマスツリーが家にあるのを見るって何十年ぶりやろ。ちょっとこころがわくわくする。

わたしはとよもなんか信じてませんから!

さて今年も終わりということで、今年は日本人が多く日本語で教えてくれる陶芸クラスから、現地オーストラリアの陶芸クラス3つをはしごしました。

最初はみんなに馴染むのに苦労したけど、よくよく掘り下げてみると壁をつくってたのは自分やで。むかしから銀行の防御ガラスみたいに瞬間に下からあがってくる壁をつくるのは得意で、つくったはいいけど下げるということがよくわからないままけっこうな壁を人との間に残したまま時が過ぎていってたなぁ。その時はすべて相手が悪いっておもてたからね。

いまやっとわかった。

すべては自分や、自分で壁作って自分で取扱注意人物になって、どんな人も自分の思いをひっつけてそれを正しい評価とおもい、自分の考えと違う人は攻め、かわいそうな自分を製造してた。

あーこわい。

でもカサブタを無理に取るようなとよもなので、怪しい自分をはっけんしてからは、どんどんじゅずつなぎにほんまの自分が出てきた。

いままでと、真逆

繊細で傷つきやすく人見知りとおもてたのが、ほんまはこころは強く人に認められたいきもちがあった。なんでもできないといってたほうが、今のままで変わらないでいいからやったんや、できない自分を演じてた。それはほんまはできるとかいう意味でなく、ただその地点から動くのが、変化がこわかったというか習慣になってた。

まぁね、そのままの自分を受け入れたらあとはなんにもすることはない。

ついでに、そのままの他の人もうけいれる。

それでも、ながねんの枠はなかなか壊れへんから、自動反応でまたまた相手のせいにしたりもするけど、ちゃうちゃうってわかる、ちょっとあとで。

瞑想クラスに行って何事もジャッジすることやめること教わってから3年以上してやっとほんまにその意味が自分の体験からわかってきたんかな。

 

おとといの朝、庭に降りたら向こうから羽をひろげた鳥が駆け寄ってきて、おっきな口あけてついてくる、こりゃあなにかあげやなっておもい、ミューズリーに水をいれてやわらかくして、葉っぱで口の中に入れるとはむはむと飲み込んだよ。そのあと、土掘ったら細〜いみみずがでてきて、鳥はすぐに見つけて上手にくちばしでつかんでたべたよ。何回かミューズリあげてたら満足したのか鳥の子供は羽をもんわりふくらませたり、くちばしで羽を梳いたり、片一方の羽を足とともにキューっとひろげたりしてから、暗いところにいってちんまり休んでた。

そのあいだに動物好きなともだちにメッセージして、『鳥の子供落ちてるのどうすればい?』ときいたら自然動物保護団体のこと教えてくれてそのサイトをしらべてみた。

鳥はマグパイでそのサイトによれば、親がある程度育った小鳥を巣からおとして自立の道を歩ませる、でもそのあいだ親はずっと小鳥のことみていて、餌も運んでくるから大丈夫。ぜったい人間の食べ物をあたえないように。

ってあげてしもた。。。

とよもが二階の自分の部屋にもどってると、その鳥もついてきて玄関でまたぴーぴー羽をひろげてる。コンピュータにかくれて潜むとよも。一時間もしないうちにおっきなマグパイがベランダの柵におりてきた。おかあさんがきたよーすごいな。ごはんをあげてるのはみなかったけど、自立できるまでちゃんと守ってるんや。

すべては自然にきまってることのなかでただすぎてゆくんや。

首を傾げてとよもの顔みるしぐさがかわいい。触っても怖がらなーい。