R・スペリー博士からのメッセージ part 2

前にR・スペリー博士からのメッセージというタイトルで書いてからもうすぐ11年経つ。そしてR・スペリー博士からのメッセージの広告を始めて見てからたぶん29年(今調べてみるとこのNTTデータ通信株式会社の広告は1992年にTOKYO COPYWRITERS CLUB部門賞を受賞していた。

そしてこの広告のコピーライターはグラフイックデザイナー誰でも知っているサンアドのコピーライターであった一倉宏さんということがわかった。11年前のブログにコメントのこしてくれたのは一倉宏さん?そして一倉宏さんはその後、中畑広告制作所に。

ここからはとよもの自動回想モードのスイッチが入ってしまった余談です。

とよもが大阪でグラフイックデザイナーしている時、奥村靫正さんが好きでTHE STUDIO TOKYO. JAPANに面接に行った。奥村靫正さんは、アートの作品をたくさん持って行った私に、これを使って自分で広告作って作品にしてたらどうかな。と提案してくれたり、うちではあなたくらいの経験者はいらないけど、よかったら紹介状書くから中畑さんところに行ってみたら?とか、すごい親切に話してくれた。とよもは超緊張して奥村さんの顔も見れず下向いたまま、奥村さん靴下サンローランや。。。とか考えてた。

その時は自分はグラフイックデザイナーなので、中畑さんところに行ってみたら?と言われても、えっ?としか思えず諦めてそのまま、大阪で仕事を見つけた。そのあとオーストラリアに移住したくて、宣伝会議(広告専門雑誌)で杉山恒太郎さんが、カンヌ映画祭でオーストラリアのサーチアンドサーチの、クリエイティブディレクたーのボブさんと君のジャケットもコムデギャルソンだよね?とかお話ししたと書いているの見て、いきなり杉山恒太郎さんに電話して、宣伝会議の文章読みました。私はオーストラリアでグラフイックデザイナーとして働きたいので、ボブさんに紹介してください!と無茶なお願いもした。。。

杉山恒太郎さんは、君が僕の妹とかだったら紹介もできるだろうけど。。。と困られていて、ねぇ本に書いてあることが本当にそのままなんていうことは少ないんだよ、例えば椎名誠が本の中のああいう人物じゃあないということだよって。えええっ!と言葉をなくす私に、もしよかったら大阪電通の00さんという面白い人がいるから、紹介するから会いに行ってみたらとまで言ってくれた。でもこの時もオーストラリアのサーチアンドサーチの、クリエイティブディレクたーのボブさん以外見えてなかったとよもはそのまま何も行動しなかった。。。

こう考えたら、オーストラリア移住前に、すごいチャンス2つも逃してる。。。

すみません、話がえらくずれてしまったのでR・スペリー博士からのメッセージの広告に戻します。

自分が初めてこの広告を目にした時の衝撃と(こういう思想的アプローチが崇高=かっこいいように思えた)その広告をわざわざコピーして、オーストラリアに移住する時も大切に持ってきていて、何度も引越しを重ね結構なものを捨ててきた今でも、この広告のコピーは持ってることにはこれにはきっとすごい意味があるんや。

なぜまたR・スペリー博士からのメッセージを思いだしたのかというと。

とよもはオーストラリアでの3ヶ月にもなる厳しいロックダウンで、頭の中でいつも繰り返されるネガティブな妄想を何とかしたく、ヒプノセラピーを受けることにした。今は対面もできないのでZOOMで受けたけれど、思いの外すんなり事は運んだ。

そしてとよもは潜在意識の世界にちょい入って宇宙の果てに行ってから地球に戻って過去に傷ついていた自分の記憶を今の自分が『大丈夫やでもう心配することないで』って教えてあげた。それはなんていうか心にこびりついてたもつれてた糸を解くというより、ふっと消す感じ?潜在意識の掃除?

ここで、昔見た脳科学者、ジル・ボルト・テイラーの動画を見直す。左脳に血栓ができて機能しなくなり、右脳の世界、つまり宇宙的自分を体験してきた話。

ヒプノの前に、「君と逢える約束の場所」という映画を見ていて、それは細胞の一番小さい物質は素粒子説という仮説に基づいたストーリィだった。

とよもがずっと興味があった非二元の世界、私はいない、起こってることはただ湧いてきたストーリィ。これだけではなんのこと?自分いてるしと思うけど。これはジル・ボルト・テイラーのことから考えると非二元は右脳の世界に入ること。

というのは今の私たちの意識、日常の脳の動きに本気になることなく、右脳と左脳を行き来しながら、バランスとってもっと高い位置から自分を見よ、世界を見よ。あなたは過去や未来に左右されてストレス溜めてるけど、ほんまは素粒子でみんな一緒でいつも今にいてて、何の心配もないんやで。そういう気持ちでおったら絶対日常も変わってくるし、自分に何ができるかもわかってくるんちゃう?ということかな。

広告の他ヘッドコピーと締めの言葉をここにコピーしとくね。

R・スペリー博士からのメッセージは、『人類よ、頭脳に、自信と責任を持て』と、言っている気がする。

『新しい意識の考え方は、それぞれの矛盾しない世界観のなかで統合してゆけるとおもいます。また、それが望ましいことだと、私は思う』Roger Wolcott Sperry

人間は素粒子の集まり、宇宙的存在でそこから左脳により分離されてる感を持っているけど、右脳は宇宙に繋がってるからいつでもどこでも過去も未来もなくただい至福な今に漂う素粒子になれるんや。

こんなにもとよもの心の中に住まい続け必要な時にそのことをまた理解しなおさせてくれる力を持つ心の原石のような広告の文章をそこにそっと置いてくれてありがとう。一倉宏さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛が。。。

今朝川に向かっていつもの道をあるいてたら、右のほうに朝日がすごい見える道があったのでふとそっちのほうに曲がった。

その行き止まりには、いつも行く川の支流が細々と続いてて隣町まできてしまった。

おっきな通りをわたったとこに大きな公園があったので行ってみたら、そこからなんだか狭い道があって、てブッシュみたいなところに入っていった。

ああこれは以前に山歩きの得意な友達が連れて行ってくれたとこや。

細い獣道みたいなとこを一人で歩くのはなんかこわいけど、反面なんだか森に歓迎されてるような、小さいときの夏休み田舎のじいちゃんばあちゃんとこに行ったときに、『ようきたのう。おっきなったのう』と迎えてもらったような。そんでずんずんブッシュのなかにはいっていくと、そこにはすごいでっかい木が待っていた。。

その大木の枝をだれかがきったらしく。張り紙には子供達がつかまってあそんでいたを枝を誰かが切ってしまってもう子供達もこなくさみしいみたいな木の立場で文章が書かれてた。

なんでそんなことするんやろな。。。

それでとよもは木にぴったりはりついて木と一緒な気持ちになって、ふとしたをみたら、木の根元から結構太い枝がはえてきて新芽が出てた。

こうして大木はだれをも憎まず、全てを受け入れ淡々と成長し素敵な酸素を供給してくれ木陰を作ってくれ鳥や人間がやってくる。それって愛。これがとよもが今学ばなければいけないことや。

人間も自然の一部って大昔にブリスベンまでアートを見に行ったとき、世界から集められたアートよりもとよもは、マングローブの湿地帯に張り巡らされた板の上を散歩できる場所にすごく惹かれて、そのとき『人間は自然の一部』という言葉が頭の中におりてきた。

人間も自然の一部であるのなら、あの大木のようにどんなことがあっても成長し続け、来る人に無条件の愛を降り注がせられるようになりたいなぁ。

あっ、予想通りさっきロッテンマイヤーにハローっていうても、無視やったけど、藤井風のもうええわ聞いておどった!。

 

2つ前の投稿から読み始めると話が繋がってるかんじかな。

ひょんなことから、ガチガチのロックダウン生活に風がはいる

摩訶不思議!ネガティブな気持ちが瞬間に60%自然消滅!

なんかどっかの広告みたいな文。。。

とよもがロッテンマイヤーのこといややとおもうから、きっとその気分はロッテンマイヤーにも感染してずっとダブルネガティブが続いてた。いややとおもても、その人の幸せを願ってみる!とか頭で作るネガティブ妄想がでてきたら瞬間にやめる!とか、自分の好きなことに集中する!とかいろいろしてみたけど、どれも無理があった。しかーし

ロッテンマイヤーの荷物を持ってきた優しそうなヒゲおじさんを見たとき、とよもの心は瞬間に道端で猫を見つけたときみたいなふんわりやさしい気持ちになってたとおもう。それは相手を無条件で認めてる受け入れてるということ。

そしてこのおじさんは、ロッテンマイヤーと関係がある人という意味で、とよもが思ってたロッテンマイヤー像がクィッ!と変化し新しいロッテンマイヤーができた。

まぁそのポジティブ効果はそんなに長続きせえへんかったけど、確かになんらかのこのこころの変化は自分の中に残ってる。

 

今日キッチンでとよもが最近凝ってる生米でつくるパンをつくってた。そこにロッテンマイヤー登場。一瞬筋肉が硬くなったけどだいじょうぶ。。。『ハイー』といったらロッテンマイヤーが

かわいく微笑んだやんか!えええっーっ。。。

いままでハローっていうてもこっちもみやんと、ハイ。。。とかのときが多かったのに、こんな微笑みみたのはじめて。

そしてロッテンマイヤーは堰を切ったようにとよもに話しだした。

あなたここのの匂い感じる?とランドリー周りに連れて行かれた。とよもはあんまり鼻が良くないから全然わからなく、『うーんなにもにおわない』というと『まぁ今は臭わないけどこの前確かに臭かったのよ』からはじまって天井で何かが走ってる音も聞こえたとか話しだして、その音ならわたしのへやでも聞こえてるからやぬしさんにいっときますよ。たぶんポッサムだと思う。とすごい久しぶりの英会話やん。

いままで何話しても首かしげられ、あなたの英語はわからない!紙に書いて!とか言われてたのに、今回の会話では一回も聞き返されへんかった。とよもの英語は以前と一緒やけど、やさしいおじさんの件で恐怖がうすれて、ちょい大きい声で怖いと思わないで話せるようになったのかもな!。

まぁこの誰にも会えないロックダウンでただ一人毎日合う人をいややとおもい、避けながら暮らすことはすごいストレスやったし、今まで色々自分を掘り起こして、自分軸とか気にしてしていろいろやってきたことが、おじさん一人にちょっとあっただけでこんな展開をむかえるとは、

ああこれはきっと銀河猫協会のおぼしめしやな。ありがとう。めでたし。

毎朝歩いてる川にいつも一人佇んでたペリカンに今朝初めて友達?ができてた!

さっきこれ書いてから、自分のブログ(2020年1月4日の)読んでてそのなかに、許すということを伝えてるyoutubeみなおしてわかった。

とよもはずっと高圧的なロッテンマイヤーのこと許せへんかった。なので部屋にこもって、わたしはあなたにできるだけ会いたくないです。みたいなやりかたでたぶん相手を苦しめてるとおもって自分のエゴを満足させてた。何回か相手の何が嫌なんか話し合うべきとはおもって、手紙まで書いたりしてたけど渡す勇気もなかった。それで引越しにも挑戦したけどうまくいかずやった。

なのでとよもは、ロッテンマイヤーを許してみようと思う。

藤井風の歌みたいに、私が先に忘れよぉ〜

こころのなかで。。。。ほんでちょい落ち着いたら自分の気持ち話せるかもしれんしな。。。

おきやぁ〜

おきやぁ〜というおかんの静かな声が聞こえて目が覚めた。

和歌山に家族と住んでる時、とよもは毎日大阪のグラフィックデザインの学校に通うために朝早く起てた。

誰ももう利用していない1日2往復の南海和歌山港支線の2両の電車(2002年5月26日廃止)。終点の水軒駅から和歌山市駅までいつも一人コトコト、そこから南海電鉄で難波まで行ってたなぁ、ああー懐かしい。小高い場所にあった水軒駅からは和歌山港が見渡せてなんだかすごい清々しい気持ちになってたなぁ。

今はもういない、おかんの声で目が覚めた、今は2012年9月オーストラリア、シドニー、コロナ?ウィルス?のために、6月後半からずーっとセンチ詰め。。。もちろん仕事にも行けない、外出は5キロ以内で買い物や運動のみ、外ではマスク必須で(地域によるみたいだけどとよもの地域はPCR陽性者が多いと言われているのでマスク必須)マスクしてなく警察に見つかったら、500ドルの罰金(罰金は時が進むにつれじわじわ高くなってきてる)。。。

スーパーなどでQRコードスキャンしないで入ったら1000ドルの罰金。。。超管理社会の始まり。。。

まだ臨床試験も完了していない、今まで使ったことのない新しいワクチンを政府は激しい勢いで打てや打てやとどんどん迫ってくる、いろいろな現実を考えてもなんかおかしい。。。大切な職業とされてる仕事の方は、ワクチン打たないのならもう仕事もできないありさま。。。ロックダウンが一部緩和されてもワクチン打ってない人は現状維持、この状況でワクチン打つ、打たないは個人の自由です。って言われても。。。なぁ

そんなこれは夢の世界?のような今。

とよもはずっと気の合わない、厳しいロッテンマイヤーみたいなおばさんとのシェアー生活で、おばさんがいる時はネズミのように部屋にこもり、なるべく会わないように。。。おばさんが仕事に行くと(おばさんはエッセンシャルワーカと言われる仕事なのでコロナでも働ける)そっとドアを開けてやっと自由やーな生活が続いてる。

最初のおかんの声、『おきやぁ〜』はもうそろそろ、その長いシェアアメイいややトンネルから自分の力で目醒めよっていう意味かなぁ。

そんな中で、アーユルヴェーダの古来からの養生法である「日の出前の時間での起床」を実践し、心身への影響を共に検証していきます。

という山形ビエンナーレ2010の中の命の学校の一つのアーカイブ映像を見て朝日前に起きて近所の川沿いを1時間くらい毎日歩き出したのが1ヶ月前。なんですぐに早起きしよう!と思ったのかというと、日の出起床10日間の体験者の声の中に、万馬券が2回も当たった!という人がいてたから(馬券とか買うたことないけど)。。。

やり始めてる前は、1日の半分部屋に閉じこもって嫌だと思う人の波動をバシバシ受自分で引き寄せながら(自分んで引き寄せてるんやってわかったのもつい最近やし)暮らすのはほんましんどかった。でもここ最近は朝帰ってきたら気分爽快で、おばさんが朝シャワーしてるすきに超さっさと朝ごはんの用意して朝日浴びながら朝ごはん。でも10時から11時半までは(おばさんはいつもきっちり同じ時間に現れる)おばさんはとよもの部屋の小さなベランダの横まで椅子2つ持ってきて一個に座ってもう一個の椅子の上に足乗せて、iPad 見ていきなり高笑いしたり、1日5回くらい電話してる娘に大声で(おばさんは耳が聞こえにくいらしく声がおっきい)色々確認したり怒ったり笑ったり。なのでおばさん接近の時はとよもはベランダにも出られず緊張してる。なんでやねーん。

いやいや、おばさんはもうええねん。変化のこと書ことおもてたんやった。

2−3日前に朝日の中歩いてたら、顔に当たる空気に冷たいところとぬくいところがあるやん!って感じた。春の訪れ?

鳥がないでふとそっちを見ると松の葉にいっぱいしずくがついてキラキラしてて太陽が道の水たまりに反射して2つに見えた。なんかすごい祝福されてる?みたいな気持ちに。

 

その夜に、キッチンにいたら外でゴソゴソしてる人が。。。近づいてみると白ひげの優しそうなおじさん。fionaに荷物を届けに来たという。fionaといえば家主さん、なんでここに?とぼんやりしてる私に、あなたのシェアメイトfionaだよ。ああそうやった、やぬしさんとシェアメイト名前一緒やった。

それでそのあと、その穏やかで気の良さそうなおじさんがあのロッテンマイヤーの友達?と思った瞬間なんかシェアメイトの嫌いさが自然に60パーセントくらい

シュワシュワーシュワシュワーって消えた。。。

なんやこれ。

続く

銀河猫協会も荷物振り払ったロバのことも忘れ、ながいこと思考におちこんでた。。

4月1日朝に、鍵型の金属の一部と歯車の映像が浮かんで、鍵型の金属はあと0、5ミリくらいで歯車に噛み合うのに、、、って感じでカッタン、カッタン空回り。次の瞬間にカチッ!っと歯車に届いたら大きな歯車の塊が次々に動き出して、全貌が見えた。それはハウルの城みたいに空中にあってあんなくらいでかかった。。。

3日友達とご飯を食べに行く約束したら、その前に映画も見るよーというのでその映画もみてきたよ。

映画はNomadland、はじまりから自分がそこにいて一緒に他色々体験してるような。でも自分では到底出来そうもないことしてる。その女性は自分を持ちながらもみんな繋がっていて、ほんまに自分のしたいことの方向に進むすごい静かな力を感じた、そしてもしや自分の中にもそんな力があるような気持ちになって映画は終わった。

そのあとご飯を食べて、ちょっと色々あった友達(その友達はとよもがもっとお金のない遠い昔に時にマックのタワー型コンピュータくれたり、住処が見つからなければうちに部屋が空いてるから使ってもいいよと言うてくれたり、いつもご飯ご馳走してくれたりしてくれるのでとよもは心で彼女のこと福の神って呼んでる)もスッキリ元気になっててすごい嬉しかった。

今考えると4月1日に見た歯車が回り出す夢と。Nomadland

執着から解放され、自然となりゆきに身を任せて生きる「ノマド」の生き方の象徴でもあります。(ナガさんの映画解説から抜粋)

とよもの夢の歯車映像とノマドランドの映画の表現したかったことを噛み合わせれば、ずっとなやんできたシェアメイトが嫌すぎるという笑えるような悩みも、ホームというのは物質でなく心の中にあるものと考えればどんなとこでもホームはそこにあるのだ。。。

このブログ書いてからずっとそのまま置いてて、頭に浮かんだ映像もノマドランドのことも忘れてた。。。

現実まだ今のシェアメイトがいやすぎて(去年の7月頃に入ってきたイギリス人のおばさん)ついに新しい場所見つけて見に行ったけど、そこの家主さんには6月末まで返事を待ってと言われ、今の家主さんは6月末に引越しするならそれから4週間は家賃を払ってほしいといわれ。要するに新しい家ゲットできても、それから4週間は今の家の家賃を払ってねということで(法律では2週間しか拘束できないことになってるらしいけど、今の家主さんはよくしてくれてたからそんな事実を突きつけて戦う気力もなく)。もちろん新しい家主には決まってから4週間も待てないよといわれ。やっぱりダメだ引越し。。。

そして昨日の朝、シッターしてる犬と一緒に犬をリードなしで走らせてもいいビーチに行った。シドニーはもう秋深まり寒〜いのに、すごい解放されてグレイハウンドバスみたいに、猛スピードで海岸を走り、波に向かって何回も突っ込んでびしょびしょになってる、犬を見てたらなんかすごいすっきりして。ああこれが、自分のやりたいことそのまんまやれることのパワーか。。。

そのことわすれて、頭の中で繰り返される思考にがんじ絡めになってるあなた!ぇっ!!とよものことか!!!

という気づき

ホームが自分の心の中にあるんやったら、どこでも幸せになれるのか。

さぁシッターが終わって家に帰ったとよもにはどんな変化があるのでしょうか。。。

自分で思うけどとよもはいつもいい発見してるのに、いつもまたすぐに忘れて悩んでるのが自分でも不思議。。。

自然の成り行きにまかせろ、心配ご無用!(銀河猫協会からの声)

 

 

キーツの命日あれから9年

2012年3月27日6時38分に17年一緒に暮らした猫のキーツが亡くなった。もう9年も経っていて命日を忘れてた年もあったけど、なぜか今年は土曜日キーツの命日という声が頭の中で繰り返されてた。

今は友達の猫、ギニーピッグ、うさぎと友達の仕事場にいる鶏とそこに来る野良猫の世話も頼まれていて今日仕事場にいったら庭で猫が待ってた〜と大きな声で鳴いていた。近づいてみるとなんと、キーツに似てる。。。

お腹がぺこぺこだったらしく、大きなカンズメ半分とドライフードもぺろり。触ろうとすると逃げるけどかわいい。。。

キーツがなくなってからはもう、猫と暮らしたいという気持ちがなくなってそのあとにグラフイックデザインの仕事くれてた出版社他の会社に買い取られ仕事もなくなった。そんなとよもをみて友達がはじめて猫シッター頼んでくれた。

今までは猫シッターはとよものいちばんのしごとになってるし。。それは銀河猫協会の思し召し。猫のことを自分と一緒くらい好きな人は銀河猫協会の会員。会長は宇宙でずっと見守ってヘルプしつづけてくれる。まじ。

これがキーツ

クリスマスの朝、重たいプレゼント

クリスマスの朝。

いつもシッターしてる17歳の猫を引き取ってくれないかという重たいプレゼントをもらった。

とよもの住んでるとこは猫ダメ。それなら猫大丈夫なところに引っ越していただければ、家賃半分サポート。とかいう条件も。でも猫が亡くなればサポートもなくなり、家賃を払えなくなるからまた引っ越しせなあかん。。

今のグラニーフラットは家主さんもいい人で、日当たりも良くキッチンも広くくらしやすいし家賃がやすい!今のフラットメイトとは気が合わなくてしんどいけど、、、

引き取ってほしいという人たちにはいつも事情はあるけど、昔からとよもはねこは家族と一緒やから、なんかあったから手放すとか自分ではありえないとおもう。でもんな考え少数派。

世の中の大半の人は猫や犬はペットで人間とは違う。と考えているとおもう。なので猫ゴミ袋に入れて捨てる人とかいてる。。。

その17歳の猫引き取りの件でずっともんもんとして、とよものきもちもゆらゆら。友達に相談したり、いろいろ住むとこ調べてたけど、シドニーでは賃貸物件の5パーセントしかペットと一緒に暮らせるところはない。みつけにくい。。。そのうえこっちで不動産屋さんから物件借りたことないし。。。

そして猫を引き取ったら一番好きな住み込みペットシッターの仕事ができなくなる。。。もっともんもんもん。

以前にも同じこと頼まれ結局引き取れず、他の人が助けてくれたけどそこには犬も同居だったので猫はテリトリーのマーキングでおしっこを家の中にしてストレスだったからすぐに亡くなってしまった。。。

とよもが引き取ってたらこんなことにはならなかったとずっと心に中にそんな考えはこびりついてたし。。

 

1月11日に、友達とメッセンジャーでそのことについていろいろ相談してた最後に自分でなんかわからんまま。

こんなことかいてた。

 

以下

なんか本来あるべき方向に猫協会からのヘルプがくる気がする。

猫協会は私の脳内架空協会。

自分で決めてるとおもてたことも、ほんまはみんな元締め猫協会がきめてるから人間太刀打ちできない。

わたしは猫協会会員。

会長は宇宙。

 

 

その次の日、引き取ってほしいという人たちの家でまた仕事があったのでいったら。その人はこういった。

友達に猫を他人に譲るって話したら、最後までみとらないなんて猫がかわいそうすぎる。。ってその友達が泣き出しちゃったんだよね。。。

 

猫協会の仕事は早い!

 

猫協会のまえにほかのともだちが、安心してたらええよって書いてくれてて、それ読んだ瞬間心の緊張の空気がぷしぃーーってぬけてすごい楽になったことも関係してるのかも。

いつも自分の心が現実を作っていくから。

きのうは糖尿病で盲目で後ろ足ゆらゆらな猫ダニーちゃんのところでご飯食べさせてもらった。

ダニーちゃんをお世話してるともだちはダニーちゃんは外猫だったので毎日夕方1持間くらい車の少ない通りで好きなようにゆらゆらあるかせて、あぶないとおもったら回り込んで方向転換させてた。とよもワイン飲みながら一緒に1時間一緒に外ですごして、最後に離れたとこからダニーちゃん!と呼ぶと、なんと、ゆらゆらしてた足で小走りにこっちに向かってくるやんか(いつももっとゆっくりしかあるけないのにそのときはすごいかろやかやった)、ほんでしゃがんでるとよもの膝にすりすり。涙。

もうこのシーン一生脳内保存して悲しい時に再生するわ。

僕がダニーです。

猫は宇宙

荷物をふりおとしたその後、自分の門を開ける

あー長い旅やったー

ちっちゃい時から、この世の仕組みに詰め込まれて育ってうーん10年。

自分の想いを重い石で抑えて、人の反応見て気に入られようとしてみたり。話しててイヤーな気分になったりしても、否定せんと、へぇーとかいうてみたり。

あー幸せやわぁーとかいう気分が一番としたら、人の言葉聞いて、イヤーな気分になることある。そんな時、この人嫌やわ、それってめちゃめちゃ人のことジャッジしてるし!うわぁーこんな人ともう友達でいてたらあかんわとかもおもう。

せやけど、それとおんなじこと自分がしてたことが今わかった。ネガティブ伝言ゲーム。

陶芸クラスですごい好きな先生が辞めて新しい先生になったときに、おんなじようなこととよも、友達に言うてた。。。

今度の新しい先生は、小さい作品ばっかりつくるとよもに、『何回も虫眼鏡でみやなあかんね。』という。ムカッ!失敗したのをどうしてなおしたらいいか聞いたら、『作り直すしかないわね。』ムカッ!ムカッ!『直してもまたこわれるよ』エエーー!。。。なのでともだちに、今度の先生いややわーネガティブでおしえてもらえることないわって。。。

そう思い出したら、私たちの関係はすんごいわるくなって、なんか先生わたしにだけ妙に厳しい!と感じた時で外に出てくやしーっ (叫んだ言葉は英語やった。。)叫んだこともあったわな。

でも、全ては鏡、自分のしたことが今反射して帰ってきてるだけ。。。しゅん。

先生はも人間、いいとこわるいとこあるわな、その中にその人にしか無い才能があるのに見つけられへんと、とよも自分の成長が遅いのを他の人のせいにして文句言うてるだけや。

わぁ!今書いててわかった。原因は単純。自分の成長が遅いのを他の人のせいにして文句言うてるだけや。

そんな気持ち持ちつづけながいこといてたら、今度は自分の中に批判者が出現して自分にひどいことを言い出した。。それで自分の中でネガティブのマグマがぐるぐるしだして、もう精神きれそうになってた。。。

それで、クンダリーニヨガの先生にメールでいつも心持ちを伝えてアドバイスもらってた。クンダリーニマントラfusion mixで踊ったり(シッター作の猫がすごい不審な顔して踊るとよもを見ててた)

怒りのマントラとクリヤ(ヨガのポーズのこと)のyoutube教えてもらってなんかいもやったり。

先生の言葉で

大変なエクササイズにどう向き合うかって、その時の体調や心の状態を教えてくれると私は感じている 「自分の本当の先生」は「自分自身」だということを、クンダリーニヨガ は宣言して練習を始めているのは、ジャッジではなく、一つ高い視野から自分を支えニュートラルなマインドを育てる意図もあるの。

自分の先生は自分、幸せってそこにあるもことに気がつくこと

Sat Nam

これは去年の8月に書いてたもので、まだまだ続きがあるよー

 

最近の作品、フローライトを原石から削って磨いて。。。

おとなしい家畜とよも、荷物振り落として野生のロバになる!

数年前によく聞いてた、津留晃一さんの聴き物語、当時はうーんよくわからんってかんじやったけど、さっきもう一個聞いたら前よりよくわかったような。。。

問題は解決しなくてええねん

どんな自分でいたいかだけ考えればええねん

ここで、時間経過

智慧とは、世の中のあり方や現象の深い知識のことである。

4月からコロナ騒ぎで対面でレッスンができなくなった、日本のクンダリーニヨガの先生ゆきちゃん(シドニーで出会った友達)が、毎週クンダリーニヨガをzoomで教えてくれてる。

レッスン受け取ったひとはまた誰かに何かを与えられる時にあたえてねっていうコンセプトも見習いたいとおもい、やりたい!と思ってはじめた。しかし大昔にヨガを習ってたけどやめてからなにもしてないし、筋肉へにょへにょなとよもにとって、体に厳しい時ありあり、ゆきちゃんの飴と鞭に導かれ、毎回やりとげたことへの達成感までみちびいてもらい続けてた。

クンダリーニヨガってじぶんに必要なエネルギーを呼吸や体の筋肉やその動き?によって作り上げる、エコな自家発電みたいな感じかな。

最近はよく、好きなことしていい気分になるのが一番というかんじのことをyoutubeとかで発信してる人の話を聞いてたのでこのちょい苦しい時もあるクンダリーニヨガは果たして自分に必要なのかとかいう逃げ思考も出てきてたけど。3ヶ月弱続けてた。。。昔習ってたヨガはそのポーズと呼吸のことしか考えてなかったけど、クンダリーニヨガは自家発電からのじぶんのエネルギーを感じエネルギーが体という乗り物とつながってのろしみたいに天に昇っていくような。

クンダリーニヨガをしてると、とよもはどんどん嫌な自分がみえてきた。それをみつめてそのままうわぁーと思いながらも、大いなるものとの出会いのための旅をつづけた、そこにはやめときなはれ〜という魔物も出てくるし今つながった?という新しい自分との出会いもあった!

その最初のレッスンの時に

A Mangara Caran Mantraというのを教えてもらい、40日間毎日11分間唱える。これはなんかツボにはまってきもちがいい。なので毎週のクンダリーニヨガzoomレッスンが終わった今でも毎日つづけてる。

このマントラは、わたしたちはすべての瞬間に原始の核と始まりのエネルギーにつながっていますよ。なので疑念の雲を払いのけ高次の存在からの導き(これが智慧?)に心を開い敬意をあらわしましよう。というかんじかな。

原始からもともともってる智慧を覆い隠してる思考のほこりをはらいのけつづけていると。

そうやったんや

あかんあかん、でけへんでけへん、こわいこわい、みたいな強力な思い込みをいつも心のカバンにぎゅうぎゅう詰め込んで持ち歩いてるとよもがみえた、それらを手放す時が今や!!と気がつく

そこで今朝なんとなくROSEという歌を聴いてたら

It’s the heart afraid of breaking, that never learns to dance
It’s the dream afraid of waking, that never takes the chance

こわれるとおもてたらダンスは学べないよ(自分が壊れるくらいダンスを楽しまな!とよもの意訳)

目覚めること怖がってたら絶対チャンスはつかまれへんで。(そらそうや)

とよもはシッターのときにいつも、責任感からかこうなったらやばい!という悪い方向に想像を膨らませ、あかんあかんといつも犬猫達には自分のこころの安全という囲いの中だけで接してた。。。

何回も、心配ない大丈夫やと言い聞かせててもその裏には不安が張り付いてるから、すぐじぶんで囲いの中にはいってた、おとなしい家畜とよも。

ずっとその囲いの中から出られてなかったんやな。

もうサレンダー流れを信じてたゆたうのろしみたいに、任せる生き方にしよ。

そして今、ずっしり積み上げられた背中の荷物ふりおとした!

わたしはもう自由な野生のロバや、どんな自分でいたいかだけ考えればええねん。じぶんのできることでひとのやくにたてたらそれは最高。

ここでロバが笑いながら飛び跳ね踊るように走ってるのを想像して笑ってください。。そしてあなたも無いのにあるようにおもってた柵をけして、せなかの重たい荷物を今一気にふりおとしてみませんか?

過去は瞬間に消えるもんや

忘れてしまいたいことや〜

どうしようもないかなしさに〜

包まれた時に男は酒を飲むのでしょ〜

 

散々の工程が一瞬で水の泡、ぽちぽちぽち。。(泡が消える音)

世界は新しく生まれ変わりつつある今

このむなしさを、ジャッジなしでわすれるとするかぁ

いやそんないうほどのこととちゃうちゃう、ただ気持ちを込めて磨いてた石が完成後数秒でバラバラ事件。ばらばらでもなおうつくしいからよけいに、。。涙

 

これが過去というもんやで、過去は瞬間に消えるもんやで

 

はぁ〜体験を持って感じた現実の今。

 

最近こうなったらええなと思うことが、つぎつぎに現実になってて(些細な日常のことやけど)調子に乗ってたからかなぁ