いろいろなところで猫と暮らす。

猫も人間と一緒でみんな全然ちがう。歩き方やらご飯の食べ方、声の出し方、匂いもちがう。人間は言葉で気持ちを伝えるけど猫は言葉では伝えない。ただ人間は猫を見て想像するだけ、もしかしてこうちゃうかなとか。この想像するということがすごいことかもって最近思う。想像の仕方というのは人それぞれ。例えば同じ猫についてちがう二人その猫の性格とか何考えてるのとか想像したらそれはきっとそれぞれ違う。

その人の関わり方で猫はどんな風にも変わる。想像にはなんの決まりもないから。けどちゃんとその相手に焦点あわせていくと、それはすごい執拗に観察したり想像の裏をかいでみたり。してることくりかえしてると。なんか自分だけのその猫がうきあがってくるからそれがいまのとことよものアニマルコミニュケーション。かなぁ

 

結局そんなふうに

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猫のことかんがえてると、自分というものも自分できめつけてるけど、Aさんが見た自分と、Bさんが見た自分が違うように自分って自分のの中でも変化するもんなんにゃで。きっと。

といことは。自分ですごいいい風に自分のこと想像していったらええのんとちゃうかな。すごい簡単なことでいうと、とよもは勉強家できなかったそれはよのなかではダメという評価される。けど勉強でけへんかったらほかのことができるやろ。

それでええんとちゃうんって。ちっちゃいときの自分にいうてやりたいわ。

世間のいうダメという評価それだけでそんだけ、もったいなくからまってきたか。

得意なことで仕事して普通に暮らせて。ここまでなかがったけど。よかったわ今なんかわかってきた?。。。