おとなしい家畜とよも、荷物振り落として野生のロバになる!

数年前によく聞いてた、津留晃一さんの聴き物語、当時はうーんよくわからんってかんじやったけど、さっきもう一個聞いたら前よりよくわかったような。。。

問題は解決しなくてええねん

どんな自分でいたいかだけ考えればええねん

ここで、時間経過

智慧とは、世の中のあり方や現象の深い知識のことである。

4月からコロナ騒ぎで対面でレッスンができなくなった、日本のクンダリーニヨガの先生ゆきちゃん(シドニーで出会った友達)が、毎週クンダリーニヨガをzoomで教えてくれてる。

レッスン受け取ったひとはまた誰かに何かを与えられる時にあたえてねっていうコンセプトも見習いたいとおもい、やりたい!と思ってはじめた。しかし大昔にヨガを習ってたけどやめてからなにもしてないし、筋肉へにょへにょなとよもにとって、体に厳しい時ありあり、ゆきちゃんの飴と鞭に導かれ、毎回やりとげたことへの達成感までみちびいてもらい続けてた。

クンダリーニヨガってじぶんに必要なエネルギーを呼吸や体の筋肉やその動き?によって作り上げる、エコな自家発電みたいな感じかな。

最近はよく、好きなことしていい気分になるのが一番というかんじのことをyoutubeとかで発信してる人の話を聞いてたのでこのちょい苦しい時もあるクンダリーニヨガは果たして自分に必要なのかとかいう逃げ思考も出てきてたけど。3ヶ月弱続けてた。。。昔習ってたヨガはそのポーズと呼吸のことしか考えてなかったけど、クンダリーニヨガは自家発電からのじぶんのエネルギーを感じエネルギーが体という乗り物とつながってのろしみたいに天に昇っていくような。

クンダリーニヨガをしてると、とよもはどんどん嫌な自分がみえてきた。それをみつめてそのままうわぁーと思いながらも、大いなるものとの出会いのための旅をつづけた、そこにはやめときなはれ〜という魔物も出てくるし今つながった?という新しい自分との出会いもあった!

その最初のレッスンの時に

A Mangara Caran Mantraというのを教えてもらい、40日間毎日11分間唱える。これはなんかツボにはまってきもちがいい。なので毎週のクンダリーニヨガzoomレッスンが終わった今でも毎日つづけてる。

このマントラは、わたしたちはすべての瞬間に原始の核と始まりのエネルギーにつながっていますよ。なので疑念の雲を払いのけ高次の存在からの導き(これが智慧?)に心を開い敬意をあらわしましよう。というかんじかな。

原始からもともともってる智慧を覆い隠してる思考のほこりをはらいのけつづけていると。

そうやったんや

あかんあかん、でけへんでけへん、こわいこわい、みたいな強力な思い込みをいつも心のカバンにぎゅうぎゅう詰め込んで持ち歩いてるとよもがみえた、それらを手放す時が今や!!と気がつく

そこで今朝なんとなくROSEという歌を聴いてたら

It’s the heart afraid of breaking, that never learns to dance
It’s the dream afraid of waking, that never takes the chance

こわれるとおもてたらダンスは学べないよ(自分が壊れるくらいダンスを楽しまな!とよもの意訳)

目覚めること怖がってたら絶対チャンスはつかまれへんで。(そらそうや)

とよもはシッターのときにいつも、責任感からかこうなったらやばい!という悪い方向に想像を膨らませ、あかんあかんといつも犬猫達には自分のこころの安全という囲いの中だけで接してた。。。

何回も、心配ない大丈夫やと言い聞かせててもその裏には不安が張り付いてるから、すぐじぶんで囲いの中にはいってた、おとなしい家畜とよも。

ずっとその囲いの中から出られてなかったんやな。

もうサレンダー流れを信じてたゆたうのろしみたいに、任せる生き方にしよ。

そして今、ずっしり積み上げられた背中の荷物ふりおとした!

わたしはもう自由な野生のロバや、どんな自分でいたいかだけ考えればええねん。じぶんのできることでひとのやくにたてたらそれは最高。

ここでロバが笑いながら飛び跳ね踊るように走ってるのを想像して笑ってください。。そしてあなたも無いのにあるようにおもってた柵をけして、せなかの重たい荷物を今一気にふりおとしてみませんか?

過去は瞬間に消えるもんや

忘れてしまいたいことや〜

どうしようもないかなしさに〜

包まれた時に男は酒を飲むのでしょ〜

 

散々の工程が一瞬で水の泡、ぽちぽちぽち。。(泡が消える音)

世界は新しく生まれ変わりつつある今

このむなしさを、ジャッジなしでわすれるとするかぁ

いやそんないうほどのこととちゃうちゃう、ただ気持ちを込めて磨いてた石が完成後数秒でバラバラ事件。ばらばらでもなおうつくしいからよけいに、。。涙

 

これが過去というもんやで、過去は瞬間に消えるもんやで

 

はぁ〜体験を持って感じた現実の今。

 

最近こうなったらええなと思うことが、つぎつぎに現実になってて(些細な日常のことやけど)調子に乗ってたからかなぁ

 let it go and let it be

田舎で猫と二人のシッター生活で、なんかおもいのほか積もり積もった感情が出てきたよぉ〜

田舎に行く前、いつも作品置いてくれてたハミングカフェが今年いっぱいで閉店するということで、作品をとりにいった。ここでのたのしみはエスプレッソのはいったバナナジューズ。おしいいー。ともうひとつアニマルメディスンカードというのがおいてあるのでそれをひくこと

今回引いたアニマルはベア。

ベアは一年の体験を昇華するために冬眠、内省。そこには ドリームロッジというところがあり、祖先たちが丸くなって座っていて助言をしてくれるという。ここでの内省で自分の心の動きをよく観察そしてよりよい生き方の気づきを得る。そして目覚め、おいしい蜂蜜を探せる強さを持つ。

 

年末に、どうでもいいようなことに凄く腹が立って、なにこれ?なんでこんなにムカつくん?と自分でもその怒りのエネルギーが不思議やったけど。それは一週間以上つづいて、ある日消えて無くなった。

ぽわーん。

なんでそんなに強い怒りが湧いてきたんか考えたら、それはのけ者にされてる感、ないがしろ感やった。

昔のはなし。中学生の時3にんともだちで、でもある日公園を通った時他の二人が遊んでるのを見て、誘ってもらえなかった自分がかなしかった、そういうことはたびたびとよもに起こってた。テニスクラブでペアを組み時もとよもはひとりになり、他の子がペアになろうと言ってくれても拒否して最後に先輩に決められた人とペアになったけど、なぜかとよもはその相手にうちとけないで、嫌な態度とってたなぁ。。

結局自分の悲しみとか怒りを、他人に静かにぶつけることでうっぷんはらしたり、夜に部屋の窓から叫んだりしてたなぁ。。。でもそれでは相手が悪いと思うまま解決にはなってないまま今に至るということ。

ここで、数日前に友達が教えてくれた動画を見る

【許し】2019年最後の言葉  びこWorld

なるほど、これはたとえも現実的ですごいよくわかる。

内省ーわいてきた感情の意味を探ってなにが自分の地雷になってるか理解してそういう考えかたからおさらばする。具体的にはのけ者感を感じた時相手をわるものにすると自分は救われる。傷ついた自分にたいして相手に罪悪感をあたえたいから怒る。

でもそのままやったら相手が悪いというねばねばなおもい(執着感)をずっと持って生きることになる。

ねばねばは相手でなく自分がだしてるやん。。。じぶんでじぶんをくるしめてる、それはすごいあほらしいこと。

なのでそこから出て新しい次元に行く。ゆるすってあいてのことについてとちがう、自分のねばねばをさっと掃除してキレイで快適なところにするということやった。

ぴこwolrd(上のリンク)によると許さないのは相手を悪者にして自分のエゴを満足させること。許すことはすなわちすべては自分のつくったこととわかってエゴをすてることによって、自分にパワーをあたえ自分の仲で調和が取れることになり、そのパワーで新しいところに進んで行けるらしい。

この動画見たのは、なんでかわからず怒りが消えてるやんって感じたあと。

きっととよもは寝てる間に、ドリームロッジに行って、そこでエルダーたちからいろいろな助言をもらってきたにちがいない。。。

 let it go ほんで let it be

相手の気持ち尊重しながら信頼関係をつくるのがホリスティックな考えかた?

今日のfomo
初めて会った時のfomo

悪い子犬FOMO、他の犬に吠えてからドックトレーニングとナチュラルセラピーを行ってる Hounds in Harmony

という所の人がFOMOの家に来てわたしたちにいろいろおしえてくれた。KATEといトレーナーのいうには、犬がリードを引っ張った時、ダメ!とか言ってリードを引き寄せるとそれが喉を締め付けス犬のトレスになるから、小さな餌を持って散歩に出かけFOMOが引っ張ったら、FOMO COMEとか呼んで足元に来たらGOOD GIRLといって餌をあげの繰り返しの練習でひっぱらなくなりストレスもなくなるのですよということみたい。

他の犬に吠えかかるのもストレスで心がいっぱいになってるから、家でもマッサージしたりしてリラックスさせるといいと。

さすがオーストラリア、ここでも褒めて育てる手法。

トリートあげないで犬に命令に従わせようとすることは、無給で働かせてるのと同じだからね。BY KATE

これには、ほーうって、今までの考え方がざっくりくつがえされた。命令に従うのがあたりまえ、従わないのは悪い犬と思う人間の方にこそ教育が必要だよっていうことみたい。

それでまた、なんでも相手の方が悪いと思うとよもの考え方の癖にたどりついた。みんな基は一緒のとこから問題発生してる。

もいっこわかった自分の考え方の癖は、やりはじめたら輪の中でクルクル走りつづける、ねずみのように。とことんそのまま続け意地になる。他の方法とかには目も触れず。。同じことをくりかえす。そして消耗。。。そしてしんどくなり人のせいにする。。はぁーーー

たぶんそういうやり方が今までは好きやったんや、時間かかってもおなじことずっとすることが。これはいったいどこからきたとよもの癖?性格?

変化を嫌うということか

変化には新しい経験がともないそこが不安だからか。人の言うこと聞かない性格?(やばいね)

ということで、今日から一匹づつ散歩に行くことに。匂いを嗅ぎたい時はおもうぞんぶんどうぞっていうのがストレスのない散歩らしい。

どっちがボスとかでなく相手の気持ち尊重しながら信頼関係をつくるのがホリスティックな考えかたみたいや。

そんな新しい方法自分の人生にも取り入れることに挑戦していこー

 

 

just like a starting over, もう、自分を信じてすすむくん

海辺のシッターではいつも自分を試されてるようにもんだいがおきる、一回目いきなり洗濯機が壊れたついでにブレーカーがおちて、セキュリティアラームもなりパニックに。

2回目悪いチビ犬がお客様に仲間入りになり、20歳の猫に絡んで猫は爪を剥がされ大流血。

そして今回3回目のシッターでもまた。。。

それは日曜日の朝のへいわな海辺の散歩の時に起こった。

悪いチビがいきなり他のでかいシェパードに吠えかかっていく。。。やめてーー、そしたらいつもはおとなしいもう一匹のプリンスもぐぅおーぎゃんぎゃんぎゃん!と吠え始め相手も大型犬2匹でばうばう、ワオワォなんやねんおまえら!のすごいさわぎになり、むこうの2匹のオーナーは、たくましいにいちゃんだったのでなんとか引き離してくれて、すみませんすみませんと消え入るような声であやまりながら小股でそこからは脇目も振らずはなれた。

もうその瞬間バキッ!って心が折れた。。。そのあとちょっとはなれたとこで心落ち着くまでなにもかんがえられないままパニック状態ででぼーーっとしてた。。。

家にかえってからもわなわなはつづいてて、いつもは自分でなんとか最後までとがんばるけど、今回は悪い子犬のオーナに全てお知らせして、わたしはもう明日から2匹で散歩することができないかもですって。書いてしまった。。。

すぐにオーナーから返事がきて、明日の朝、解決方法話し合いましょうと(悪いチビのオーナーはプリンスのオーナの親戚で行き場のない子犬をひきとったけど、悪い子犬は部屋でうんちしたり騒いだりで庭のない家ではめんどうみきれずプリンスのオーナーにゆだねてた)。

とよもは、悪い子犬をパピースクールにいれたらどうですかね(オーストラリアではほとんどの子犬はパピースクールでしつけをする、オーストラリアで日本みたいに犬を鎖で繋いで買飼うことは禁じられてるからかな)というと、わたしもすでにそのことを考えてて幾つかのスクールに電話もしたので、そうします。それと今日からわたしも一緒に散歩に行くね。と

その人と一緒にさんぽしたときのリラックス感、これが散歩というもんや、いままでは向こうから大きな犬が来たら避けてスケートボードの人が来たらリードを二重に手に巻いてそなえ、いつも緊張してたし。。。

そのあと一人で考えた。問題があってもう怖くてできないことは、とよもの人生の中でたくさんあった。

18歳でなぜか大型自動二輪の教習所に行きカードのスタンプ押すとこなくなるくらいテストに落ちて、それでもがんばって教官乗せてコース走ってるときカーブで

ブレーキや!ブレーキかけろ!!!といわれ

おもわずアクセルを踏み込んでカーブを超高速でまがり、

止まれ!止まれ!!!

おまえは俺を殺す気か!!と教官にまじにつめよられ

そこで教習所怖くてやめから(たぶん先払いで50万払ってたのに)、そんな経験はやまほど。。。

でもな

こんかいは解決方法の提案をされ、その日から散歩手伝ってもらえ。

これはきっと乗り越えよ!ということやってなんとなくかんじた。

なので、次の日から再び自分で2匹散歩してみるってつたえて今朝いってきた、2匹とも開放してあげられるビーチに。

いままでチビはつないだまま、プリンスだけ放してた

怖いけど、チビも放した!

弾丸のように走るチビ

もう信用するしかないね。自分も犬も猫もみんなひとつのなかにある。

ここで頭に流れる

You may say that I’m a dreamer
But I’m not the only one
I hope someday you’ll join us
And the world will be as one

 

Imagine by John Lennon

すべては経験のつみかさねで信じる事ができるようになる。

はぁー

18年間の友達キーツ

さっき掃除してて昔の作品の額とか再利用するか、と思って綺麗にしてたら一個キーツの写真が入ったのが見つかった。上の写真がそれ。その写真をはがすとその下から、ガネーシャが出てきた。。。

このころはとよも今までの中でも最悪な時期で、仕事がなくなってから長い間就職できず、やばい恋を友達の力ですり抜け、もう安さだけで住むとこ決めて引っ越したところがまたまた最悪。

そこの家主さんはギリシャ系のおばあさんで、とよもはその家の庭の倉庫みたいなちっちゃい建物に住んでた。おばあさんの娘が離れに住んでてそこの小学生の子供が朝から学校も行かずビール飲んでて(まじびっくり)その飲みさしをとよもの部屋に投げ込んでくるような毎日。

シャワーは母屋の洗濯スペースみたいなとこにもう一人母屋に住んでる謎のインド人のおじさんと共有。洗濯ほ近所に住んでた友達ところでさせてもらってた。建物の屋根はトタン板で引っ越したのは夏、じわじわ上がる温度にキーツは耐え切れずに縁の下に避難。とよもも耐え切れず涙がボロボロ見たいな時期だった。。。

ああ〜こんな時もあった、その時はもうあらゆることを他の人や事柄のせいにして、自分を保護してた。そして友達に愚痴愚痴『そういうこと続けてると友達みんないなくなるけど、それでいいの?』と教えてもらい

えっ!

て感じで目が覚めた。

しかしながら今でも、何でも他のせいにする癖は残ってて、結構ダーークな日々(母屋に家賃を払いに行くことも難しいみたいな)を過ごすこともある。そんなこんな今、ぼんやりインドに住んでるakikoさんという人のyoutube見てた。何だかそれはとよもは耐えることが好きで、そのために自分で自分をダークにしてるよっていう話。

それを腑に落とせと

しかし、そういうあなたもう自分の嫌だという気持ちに気づいてるから、そこに入り込んでる自分を捨てる(嫌なことは考えないようにする)。それで安心、リラックス、ほっとするようなことする。

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幻想、妄想に入り込まず、そのことを受け入れて、そんなことしてる自分を認める。いいも悪いも考えない。

そういう時、ダークからの出口は写真。

今朝も朝の光でキラキラ輝くクリスタルの写真を撮ろうと夢中になる。気持ちが整う。波動が整う。らしい。

今は、まだシェアメイトのことでもいやだぁーと心が揺らいでる、昨日シェアメイトがスキーに行くらしく日曜の午後まで帰らないよと教えてくれて。うわぁあ〜誰もいない!その上母屋の家族もみんな出かけている。こういう時なんでかすごい解放感。

キーツ今でも色々助けてくれてありがとう。

キーツの写真の後ろにあったガネーシャはインドの象の顔して4本の手がある富の神様。出た出た。

ほんまにそれでええんか?

とよものペットシッターレポートは毎日のご飯の食べた量とウンチの回数や下痢、嘔吐などを表にしてつけてる。犬の場合は散歩の回数とかも。それはかえってきた飼い主さんが安心できるように書いてた。

前回のはじめてシッターしたところに2回目に行った時に、あのレポートはもう描かなくていいからね!ウンチの回数とか!!あなたはここでリラックスしてくれるのが一番大切と、オージのパワフルばあちゃんに3回くらい念押しされた。。。

これもオーストラリア的な考え方、仕事より自分の人生エンジョイせなっていうことと、日本人的な何事もきっちり頑張るのが人生の成功の秘訣、石の上にも3年みたいな考え方の違い。

レポートはまだまだ日本人的考え方をもってるとよもが、こんだけキッチリ仕事してまっせー的なことをお客様に見せるためとそんな自分の仕事が素晴らしいとおもう自己満足的要素もあるある。

ということで、今回からレポートは無しにした。あらかじめ聞いて必要という人には書くけどね。

ストレスとなにかへのアレルギーが原因でひどい皮膚病猫のシッターの時もそういえば、あなたが猫のことでストレスになったら猫がまたそれを吸収してしまうからリラックスして。って言われそれはかなりとよもにとってはえっ!こんなにわたし頑張ってるのにそんなむちゃな!!?とおもった。

でも、ほんまに自分が心配してもどうにもならない、ほんとストレスパワーを他に振りまくだけ。治療は獣医に任せるしかない。余計なことに自分のパワーつかわない。

なのでもう、すべてはなるようになる。起こってくることはすべて自分になにかを教えるための修行みたいなことと考えるとええんかもね。

ということで、とよもは今までのいいシッターを生きる(それは評価されるように考えて行動したり)のでなく、ほんとの自分を生きる。自分がしてることがほんまにそれでええんか?シッターはとよもの一つの仕事なので、ほんまの自分に集中シーズンみたい。

こころの小石

毎日は滞りなく流れてるけど、心に小石があるような、その小石があるだけで何についても悪い方向に心が動く。なんなんやろ、この小石はどっから来てなんのためにとよものこころにちょっこり佇んでるんやろ。

約一ヶ月の海辺のシッター先、そこでは、優しい大型犬プリンスと20歳の黒猫ジャグと一緒に暮らす。ジャグは家の中にはいって来るのはごはんのときだけで寒い日も庭の椅子に寝てる。そして今回途中から1歳の子犬フォモもここに来ることになり、このエネルギーの塊みたいなこのフォモは、ノーザンテリトリーから飛行機に乗ってシドニーまで来たらしい。

かっこいいジャグ20歳

ノーザンテリトリーにいるときフォモは、身体中にダニ?が寄生しててハゲハゲで弱っていたらしい。このままいたら弱い子犬はすぐに他の野犬に襲われるのでをみすてられず、ここの家のオーナーの娘が助けて獣医につれていき自宅シドニーまで連れ帰った。でも娘の仕事はノーザンテリトリーでアボリジニのために医療活動をすることなので、頻繁に家は留守になり、フォモは近所に住む両親の家に預けられるということになる。

今回はじめて犬2、猫1のシッターでフォモがきた次の日にことはおこった。

それは日曜日の午後、ちょい近所まで1時間くらい買い物に行って帰ってきたとき裏庭で猫の唸り声、慌てて裏庭へのドアを開けるとそこにはジャグが横たわってた。ジャグを抱えて猫ベッドに寝かせたけど、そのまま2時間くらいジャグは動かないでうううーっていう唸ってた。体をいろいろ調べてみたら後ろ足の爪が一本取れかかってそこから出血していた。

とりあえず近所に住んでる日本人の義理の娘さんに連絡してオーナーさんに連絡してもらった。オーナさんは一日バスルームで保護してそのつぎには庭に出してという指示だった。

その日は自分のベッドルームにジャグのベッドを持ってきて寝かせた。夜中にジャグがとよものベッドの上に飛び乗り布団の中に入ってこようとする、でもジャグは長年ブラッシもしてもらってなく毛はトレッドみたいになって固まっててなんだか臭うし、さすがに布団のなかにはいれてやれなかった。けど布団の上で夜中に何回もねがえりをうっては気持ちよさそうに体を伸ばして寝てた。

翌日になってもジャグは寝たままでしかごはんをたべないし、、歩けるけどまだまだゆらゆらしてるし外に出すのは危険と思いそれから4日間はバスルームで毛づくろいをしてやったりしてすごした。毛の塊を櫛でほぐすとそこはフケだらけ。。。4日めにはジャグはご飯のときに立ち上がって食べるようになってて、とれた爪のところも自然に治ってきてた。

その日3時頃にジャグを庭のいつも寝てた椅子の上につれていった。銅像のように微動だにしないジャグ。

犬たちと庭で遊んで、ふとジャグのをみると塀の上にいた。それから塀伝いに玄関の方に行き道路の溝から下水管に入ろうとしてたのでジャグ!と呼んで近づいたら、ジャグは逃げるようにささっと溝から下水管に入っていった。

それから2日今日もジャグは帰ってこない。

ただひとつ、玄関においてたご飯がへってたので、夜中に食べに来ているのかも。でも他の猫も徘徊してるので誰かがジャグのご飯を食べたのかもしれない。

 

外が好きだというジャグはきっと、プリンスが来ていつも家のなかにいるので外で暮らすように決めたんだと思う。でも一晩だけベットルームに入れたときなでると顔を摺り寄せてきてあまえてたから、本当はみんなのそばで甘えたかったのかも。

ほんとうはあたたかいところで寝たいけど、そこにはもう犬がいるから、自分はどんなに寒くても外のちいさな椅子のクッションで寝るジャグがなんだかすごい悲しく思えるのはとよもの勝手な想像なんかなぁ。

こころのなかにある小石は愛されていないとおもう悲しいこころ。そうおもってすねてしまうこころ。そんな自分を俯瞰でみれるように成長させるための飛び石。

地球に産まれてなんかのめぐりあいで出会い今回のような経験をすることも、おおきな愛の意味をかんがえることなのかも。

 

下の写真2枚はちいさなフォトグラファーことりの作品、とよもが撮るジャグとプリンスとはぜんぜん違う表情で、愛に溢れてる。。。

photo by kotori ujita
photo by kotori ujita

ぶろぐ書き終わって犬たちを庭に出し、玄関の花に水をあげようとドアを開けたらそこにはジャグが!!かえってきたーーーーー

うれしい!!

犬の視線から学ぶ自分との向き合い方

誰かとちゃんと向かい合うことはいままでできていなかった。今日植本一子さんマヒトゥ・ザ・ピーポーの対談をよんでて、

誰かと向き合うことが自分にできるわけがないって境地に至ったんですよ

という文章読んだ時、人と向かい合うのは自分と向かい合うことや、ってわかった。それができたら、もう誰とでも向かい合える気がする。

いつも人がどう思うか考えながら自分の言語行動を決めて、嫌われないように気をつけながら暮らしてきた。笑えるけど、今回犬シッター2匹でご飯を食べる時2匹からの視線がすごい強力で、おもわず食べてるものをあげてしまうともうきりがないループにハマることを学び。

強力な知らん顔の練習中。

知らん顔の練習、これが人に左右されない自分というものを持つ第一歩。とよも的には大発見。欲しがる犬にごはんをわけるのが優しい人ではないねん。

広い海に波がざばざばよせてはひく。それで空気もいっしょにぐぅわーってうごいてるから人の気持ちのうじうじを一瞬でクリーンにしてくれる。海はすごいな。

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ほんまの自分に戻る?

多分、あれっ、この世の仕組みって誰かさんにびっしり操作されてたんやっーてそんなことなんとなくわかるようになったのは、スライブという動画をyoutubeでみてから。この映画は長くてややこしい話(人によってどこがかは違うとおもうけど)もあるからいやとおもうところは飛ばしてみたほうがいいと思う。

それで、つい最近

フェイスブックで友達が載せてた、神との対話という映画をyoutubeでみたらそのつぎに著者インタビューがあった。それは映画よりなんだかひきこまれた。

スライブが地球上の人類のごく一部の権力者がつくった権力者のための仕組みの解説

ニール・ドナルド・ウオルッシュとの対話が宗教という名前でわたしたちの心に作られた仕組みの解説

なんだか、いまからはそういういままでぎっしり信じてたことをぜんぶなくして、本当は自分はどうしたいのか?自分は何が幸せなのか?みたいな基本的なことをいままで刷り込まれた考えでなく、一から自分自身で判断していくべきときにきているのかも。

とよもがオーストラリアに来て最近わかった事実。こっちのこどもたちは、誰かに遊ぼうと言われても、いまはあなたと遊びたくないとか言うし、そう言われた子もあっそうなんやって感じらしい。日本ではあそびたくなくても、うんあそぼうとかいうてしまうし。ことわられたら、きらわれてるや!わたしとか考えてしまう。

つまりオーストラリアでは誰が自分のことどう思っているかとかいう考えが少ないみたい。

これがあるためにいつも不安で、良い子を演じてみたり、傷付いたとかおもってしまうから、捨てたほうがええよね。

ニール・ドナルド・ウオルッシュの対話した神によると、神はわたしたちにもれなくついてくる、というかわたしたち一人一人が神ともいえるみたいな。

ニールがいうてた友達とは、お互いに許容し合える同士。ながくつきあえば相手の嫌なところも出てくる、けど自分もそうやからみんな含めて許しあえるのが友達らしい!。実際そいいう許容する気持ちができてくると嫌だと思うとこもだんだん気にならなくなってくる(あたりまえか)。。。自分も他人も。

さて、先週から海辺でいぬねこまみれ。

寒い冬に海に飛び込んでいくプリンスくん。
20歳越えのジャグじい。いまでも塀に飛び乗って散歩に行くで。

ジャグのフケで固まった毛(茶色いとこひっぱるとごっそり毛がぬける)をほぐしていくのがとよものたのしみ。

いま見つけた本、僕たちが選ばなかったことを選びなおすために