ガラガラガッシャーン!!

昨日の出来事、とよもは近所に住んでる友達がコロナに感染したので、家にある蜂蜜ではちみつ大根作って届けに行こうと大根もって家に帰った。

ロッテンマイヤーはだいたい昼の1時から11時頃まで仕事に行くので2時過ぎに帰ったらえっ!ロッテンマイヤーがおるやん!

ちょうど出かけるとこやったみたいで。

と:Hi

ロ:Are you coming back? or just visithing?

と:just visithing

ロ:i am going out, lock the key!と言って怖い顔でとよもを見据えるロッテンマイヤー。。やばっ!

ハーイというても返事もなく、帰ってきたん、それとも用事に来ただけ?!そして、出かけるから、あとは鍵かけとき!って。。。そんなん言われんでもわかってるわ!(心の叫び)

なんかいつもロッテンマイヤーからは、私がここを牛耳ってるんやで!みたいな覆い被さられるようなものを感じる、それでとよもの幸せな気分が’瞬間にガラガラガッシャーン!!やで、ハァアアーーー全然大丈夫ちゃうわ。まじ嫌。。。助けて。。。

帰りたくない。。。

このあとここにあった本を何気なく開いてみたら。

すべての人間の人生が

神によって書かれた

おとぎ話である

 

ハンス・クリスチャン・アンデルセン

 

この関連の自分騒ぎはすべて起こってもいないおとぎ話ということ?。。

 

 

ありがとう、チビ子

年末からのシッター顧客様の死に続いて、今シッター中の野生の鳥のチビ子が。。。

チビ子はcurrawongというカラスに似た鳥。

シッター先の友達が庭に落ちて来た、カラウォングの雛をチビ子と名付けて保護して育てた。チビ子は飛べるようになってからも、毎日ご飯をくださいーと庭に来るそうだ。

昼過ぎに到着してキッチンに行くといきなり窓の向こうで大口開けた大きな鳥、こわごわ、指示の通りに、割り箸でミンチ肉つまんで口の中へ。。。と言っても、なんか怖くてなかなかちゃんと口に入らず、ボロボロ地面に、落ちた肉は食べないし。。。肉食べさせた後も、ずっと枝の上で、はぁはぁしてるし。

もしかして肉が喉に詰まってるんかと、オーナーさんに連絡したら、『大丈夫、詰まってないよ。チビ子は昨日頃から呼吸器系の風邪で(友達の獣医さんに症状伝えて聞いたらしい)酷くなったら、近所の人が獣医に連れて行くから』と。

でも次の日からとよものご飯あげはすごい上達して次々しっかり喉に!チビ子は枝の上で休むことなく、食べるとすぐに飛び立ってたから回復してきてると思ってた。

とよもがここに来たのは29日土曜日の夕方でその時から1日2回ミンチ肉あげて、30日、31日の朝にご飯あげたのが最後でチビ子はこなくなくなった。

31日の昼ごろかな、チビ子が隣のマンションの網戸に張り付いてるの見て、他でもご飯もらってるんやと思ってた。

がしかし、

4日の朝、電気調理器スイッチつけたら

チビ子見える、焦げ跡。。。

冷蔵庫の中で、色が変わっていくミンチ肉。。。

入院そんなに長引くってあるのかな。。。

そのあと7時くらいコーヒー入れて朝ご飯たべてたら。

ハート型になったクッカバラたち。

このあと3羽になりクッカバラの大合唱。

とよもはすぐに、チビ子に何かあったに違いないと思った

 

9時頃にオーナーさんからのメッセージで、31日にチビ子の様子がおかしいので近所の人が捕まえて獣医に連れて行き入院。入院中に獣医さんが安楽死させたと、それも連れて行った人に何の連絡もしないで。。。オーナーさんによると多分医療ミスでチビ子はなくなり獣医さんはその理由も言葉を濁すだけで、安楽死させたと。。。

はぁー

せやけど、動物たちのネットワークすごいな。仲間に何かが起こったこと感じて表現(セレモニー)してる。。。

このような経験を経て、なんか今まで興味のなかった鳥たちがぐっと身近に感じた2022年新年の出来事。

ありがとう、チビ子

爆発して敗北

もうロッテンマイヤーのやることに我慢ができず。

ちょっと話したいことがあるんですが。なんで私の髪の毛を集めて私のトイレットペーパのそばにいつも置くんですか?と言ってしまった。

彼女が私の髪の毛を毎日私のトイレットペーパーの横に集めることは、私がロッテンマイヤーがシャワーの後、床にタルカムパウダーがいつもすごいばらまかれてたので、使った後は掃除してくださいって言ってから始まった。

あなたの髪の毛もいっぱ落ちてるじゃない。

いや私はいつも使ったあと掃除しています。

だから1センチほどの短い髪まで集めて、ほらね!みたいに毎日置く、毎日私も拭き掃除してるのにどこから見つけてくるのか?かれこれもう1年くらい続いてる見せしめ?

昨日は集められてる本数が信じられないほど多く、絶対ありえへん!と言葉がもう自然に出てきてしまった。

ロッテンマイヤー=はぁ?それは風で集まるんじゃない?

とよも=私は毎日シャワーの後掃除もしているんですが。

ロッテンマイヤー=私も掃除機してるけど、その場所は掃除してない、掃除機が吹き飛ばすんじゃあない?

掃除機は吸うもんや、吹き飛ばせへんわ!とは言えず。。敗北。。。

ロッテンマイヤーが来る前はわたしの髪がトイレットペーパーの前に自然にあつかまることなんんかなかったから、絶対風のせいじゃあなーい。

俺はもう愛を求めにゃい

かっこいい黒猫JAG

海辺のプリンスとフォモとジャグのシッター終わって2週間ほど経った時、JAGが昨日亡くなったとメッセージが来た。

結構ご飯も食べて、道路脇の溝から下水溝に入ってくつろいでたJAG。

最後はご飯たべて歩こうとしたら足に力が入らず、その場で足が動いてるけど全然進めなく最後にその場に伏せってしまったらしい、それですぐに病院に連れて行ったと。詳しくは聞いていないけど診察した獣医からもう亡くなるのは時間の問題のようなことを告げられ、たぶんその場で安楽死にしたということらしい。21歳。

とよもなら、まだご飯も食べられ苦しんでいないのならそのままお世話するけれど、オーストラリアではもう亡くなるねと言われれば、まだ苦しんでなくてもゆくゆくは苦しむことになるからと安楽死を選ぶ場合が多い。今までシッターしてきた中でもそういうケースは結構見てきた。

JAGは今年の初めくらいに最初にシッターした時は、まだ部屋の中に入ってきて、膝の上に乗ってきたりしてたけど、フォモが来て、フォモに戯れられ爪が剥がれた事件からはもう部屋の中には自分では絶対に入ってこなくなってた。それは寒い日も暑い日も、台風みたいな時は慌ててベッドルームに入れたけど。。。なんとうか、愛はもう求めない、一匹狼的人生になったね。

怪我のときベッドに寝かせたら思いっきり何度ものびをしてねてたね。誰でもふかふかのところのほうが好きやもんな。怪我したときおしっこにつれていこうと抱き上げたときそのまましゃーってあたたかいおしっこがとよもの足にながれたね。。。ブラッシすると、ここもな、みたいにからだをあずけてきたねぇ。不安なときは、溝から下水道の中に入ってでてこなかったね。

年老いてもすくっとかっこよかったJAGありがとう。

信じていればええねん

猫シッターは、好きな猫と素敵な家で暮らせて(小さな自分の住処とくらべて)キッチンや冷蔵庫にあるものはなんでも食べてねといわれ、そのうえお金がもらえる素敵な仕事。でも今回病気のぽんちゃんがシッター中にもっと具合が悪くなり動物病院に走らなあかんことに(タクシーでいくけど。。)。

そんなとき、海外にいてる飼い主さんは心配マックスになる、そのあいだにはさまれて自己否定力が威力を増しとよももけっこうきゅうゆうになる、最初は飼い主さんに叱咤激励されなから指示に従うのがめいっぱいやったけど、これって信頼されてない証拠?むらむらそんな考えが起こってきた。

それで

安心してもらえる自分を目指してぽんちゃんが下痢になったとき飼い主さんにいわれなくても、獣医さんに治療後テキストメッセージで質問し、そのあとでぽんちゃんのこと飼い主さんに報告したら。

それは注射のせいかもしれないので獣医さんに聞いてみてくださいと言われた時に、いやすでに聞いてこういう返事をもらってるので大丈夫かととか今日言えた。

はじめは悔しさで相手を責めてたけど、その経験をもとに自分を変えたらええだけやった。いつもそのくやしさを感じなくするために相手を悪者にして安心してたんや。

 

毎日の現実はほんとうは映画で、自分は俳優で演技してるだけみたいなふうにかんがえれば、ほんとうの自分には心配も不安もない。台本の通りことが起こってセリフを本当みたいに言うてるだけ。そのなかで湧いてくる感情も演技の一部とおもえばいい。でも俳優の世界ではそのなかから台本にないはずの感情からの表情とか考えとかアドリブとかがマジカルにでてくるらしい。それはどこからでてくるん?それが演技のある意味?それともそれは別世界へのわーぷ?過去生の経験から?

現実劇場では言葉でのコミュニケーションは妄想から感情が発生したりしてみんなが自分の考え方が正しいと思うか、嫌われたくないがために本心を隠して言葉を出したり、自分のことしか考えられず喧嘩になったりするけど。そんなことにいちいちこころをわしづかみにされず。ただの演劇よのう〜と一歩離れたところでじぶんをみる練習するのがいいかも。

うまくいけへんねん。

現地の陶芸教室3つ目のとこで、創った作品が好きなんやけど、首の下にガッツリヒビが入ってる。。。。

もう一回おんなじの作ってこんどは全体の厚みを統一しててみよかな。

そんなこんなでなかなかうまいこといけへんきょうこのごろ。

胸に穴開けたんはそこに花を生けれるかーもと思たけど、底にもがっつりヒビが入ってる。。。そんな今日この頃。

おぼん

昨日がお盆の迎え火の日だったらしいけど、知らなかったのでさっき迎え火焚きました。家主のじいちゃんの初盆だ。じいちゃんを紹介してくれた以前の家主さんももどってきたかな。おかあさんやおとうさん、きーつや、ばななも帰って来たかな。考えてみたらシッターした猫ももう3匹も亡くなってる。ということで16日夕方まではここは満員。

夏のなつかしいおかし、うちわ。去年妹が送ってくれてそのままやったので食べてみた、ちょっとしめってた。。。

ひさしぶりに、手でヨーグルトたべてたみっしゅ。

友達に子供が産まれる予定日が20日。すべてはつづいてゆくのかな。

I’ve Everywhere’ Men…Jeoff Mack

家主のじいちゃんが7月20日に亡くなった。

とよもはじいちゃん達の家のガレージの上のに2011年から住んでる。じいちゃん夫婦は2015年に二人ともが高齢になってお互いにケアできなくなったということで、姪がクィーンズランドの自分の家に二人の住める小さな部屋をつくって、ずっとそこで暮らしてた。

じいちゃん94歳、1994年から作詞作曲しててオーストラリア初のヒットソング早口でオーストラリアの街の名前をどんどん言う歌 I’ve been everywhereを作って、それが全国で大ヒット。イギリス行ってたときに、ラインダンスしてたばあちゃんと出会い結婚したらしい。1965年に二人でオーストラリアに帰ってきてからも、ずっと音楽をつづけて、おっきなバンに機材をつみこんでいろんなところを回ってツアーしてたらしい。2013年にはオーストラリアカントリーミュージック協会からLifetime Achivement Golden Guiter賞で金色のギターのトロフィーをもらっていたなぁ。

二人には子供がいなく、ばあちゃんの友達で夫を亡くしてキャラバンパークで3人の子供と暮らしていた人の子供達を養子縁組みをしてずっと大人になるまでお世話してたみたい。

じいちゃんが亡くなって荒れ地の魔女みたいなばあちゃんはひとりになってしまった。

ばあちゃんに会って来た人によると、ばあちゃんは普段ほとんど寝ていて、起きてても回りの人はじいちゃんのこととか話さないでるようにしてるらしい。とよもはここに来た当時はおせわがはげしいばあちゃんとけんかばっかりしてたけど、大げんかの末ほんとのばあちゃんがわかって、それからはばちゃんのことよくわかるようになり家族の一員としてすごいやさしくしてもらってた(以前とばあちゃんはかわらないけど、とよもの壁がこわれたからよくなった)。とよもが日本に1ヶ月帰ると言えば、もうきっと帰って来ないつもりだねとかいって泣き出したり、でもそのあと車を走らせてとよもがすきなエビを一杯買って来てご馳走してくれたりしたなぁ。

いまでも、『お元気ですか』ってじいちゃんの声が聞こえてきそう。

庭みたら、日向で本読んでるじいちゃんがそこにいてそう。

猫が君をここにつれてきてくれたんだね。(当時住む所がとりこわしになって、猫と一緒に暮らせる賃貸はほとんどなかったから、当時の家主さんが田舎に住んでるじいちゃん達をしょうかいしてくれた)そんなこというてくれるたやさしいじいちゃん。”この世界の片隅で” っていう呉の映画を見せてあげたいとずっと、おもいながら間にあわなかったよ。ごめん。

未熟なこころの自分にため息ふぅ〜

カペラゴーデンに行くという目標の第一歩。現地の人たちと一緒に彫刻&陶器コースに今月から行ってる。何と今タームは楽焼きでつくる動物というテーマ。早速とよもはシロクマ親子作った。でもその次の週にはヌードモデルが来てそのモデル見ながら粘土で創りましょうと。カタチ創るのに3時間。次の週は創ったモデル像を半分に切って中身をくりぬくに3時間。陶芸では粘土の厚みが1センチくらい?でほぼ同じ厚みにしないと割れやすいからくりぬかなあかんらしい。

くりぬいてくっつけたけど、粘土がやわらかいので中が空洞なモデル像はさわってるとだんだんぺったんの空気人形みたいなありさまに。。。

3週目にもういっかい半分に切って形を整える、あああーこれだけんもう3時間のクラス3回もついやして、そのうえ今一のできでとよもはもういやになってきて、こんなヌードの像とかほしくないしっておもって。自分でいつもの猫カップつくろうとしはじめた。

そのとき先生がつかつかと来て。となりにすわって。『気に入っていないのね、どこなおしたらいいのかわかる?』と言われ、もう捨てたいとも言えず。あたまでかすぎですといったら先生は頭ををすっぱり斜めに切って8ミリくらい切り取りつなげる。『これでいいかしらね』胴体も長いので切って短くちゃっちゃと先生が修正して行く。それでもとよもの像はモデルにぜんぜん似てない。隣の人のみたら、モデルにそっくりなのができてた。ああーできない。できないと機嫌が悪くなる自分を発見してもっとおちこむ。

かえりみち、あああーこんあんじゃあカペラゴーデンいってもあかんわってつぶやきながら、未熟なこころの自分にため息ふぅ〜

黒豹さん達のシッターがおわって、今は熟女みみちゃん。今朝オーガニックマーケットにいこうとおもてたけど、朝みみちゃんが膝の上で熟睡。うごけなくなりずるずる。

適当なお昼作って庭でたべる。

みみちゃんご機嫌。

いろんなことがあっても、こうして猫といてるとこころがふんわりしてくるもんです。できない自分があるからできるようになっていくしねぇ。。

叔母とメキシコの骸骨まつり

小学生のとき近所に粋な着物着た叔母が住んでて妹と一緒に訪ねて行って編み物をとかを教えてもらっていた、その時おばちゃんには大学生の息子が一人いるだけで女の子はいないのでわたしたちはおばちゃんには可愛がってもらってたなぁ。

おばちゃんとこにいくと美味しいお菓子や綺麗なレース糸や毛糸がいっぱいあって、ガーゼのハンカチの周りにレース糸を編んだり、生絽(きろ)という夏用の着物の生地に刺繍していく絽ざしとかも教えてもらってた。おばちゃんは私たちの服とかも編み物と洋裁でお揃いでつくってくれたり、すごい難しそうなレース編みのポーチとかいろいろもらったなぁ。

そのおばちゃんが16日に94歳で亡くなったとお知らせがあって、とよもはシッターさきでひとりおばちゃんのこと考えてた。その日の夕方から友達の家でみんなで料理してご馳走食べる会してて、その時もっていったワインの空ビンを後で見てみたら、メキシコの骸骨まつり(メキシコのお盆みたいなもので死者をとむらう祭り)の絵が書いてあるワインで、ラベルには骸骨がギター弾いてるかわいい絵がかいてあってその横にTake me to the graveと書いてあった。

おばちゃんは大阪で小料理屋したあと、会員制のバーを経営してたときがあって、お酒はきっとすきやったとおもうから、そのワインはおばちゃんのためにちゃんとセレクトさせれててんな、すごいなぁ。。

そのあと、妹がおばちゃんに抱かれたとよものお宮参りの写真おくってくれた。おばちゃんはおかんのお姉さんでふたりともよく似て美人。

手芸の楽しさと好きなように凛と生きて行くことを教えてくれた憧れのおばちゃん、ありがとう。

miyamairi